物書き
彼女 じぃ。
男 ん?
彼女 じぃ。
男 何してるの?
彼女 まねっこ!
男 だれの?
彼女 あなたの!
男 ああ。
彼女 じぃ。
男 ほんとうだ。
彼女 でしょう?
男 俺は、そうだな…。
彼女 なぁに?
男 …。
彼女 ねえ、なあに?
男 …、君を見ていたい。
彼女 んー?
男 君のことを、もっと知りたい。
彼女 んー? んー?
男 その口は? その鼻は? その瞳は? 髪は? 声は? 言葉は? 想いは? 感情は? 何を見て何を想うの? 何を聴いて何を謳うの? 何を感じて何を見つめるの? 見せて。見せてよ。
彼女 んー? んー? んー? すきなの?
男 うん。
彼女 へっへー。わかった。
男 すき。
女 わたしもすき。
男 どこが?
女 あいにきてくれるとこ。
男 そうか。
女 そう。
男 そうだろうね。
女 そうだよ。
男 そうか。
彼女 見ててね。
男 うん。
◇彼女は、るんるんと部屋の中を散策する。
男 …、君が俺の理想。
◇男は彼女をしばし眺めると、机に向かい筆を進める。
◇彼女は段々と男が気になってきて、男の背中にとびつき、後ろから机の上を覗く。
◇男は無反応で筆を進める。あたたかな空間。
◇ノックがあり、妹イリ。男、一瞬びくっとする。
◇彼女は背中から離れる。
妹 兄さん、お夜食。
男 ああ、ありがとう。
妹 いま食べる?
男 落ち着いてからにしようかな。なに?
妹 おにぎりの塩と梅とおかか。
男 おいしそう。
妹 おいしくないことがあった?
男 …、ない。
妹 どーだ。
男 まいったー。
妹 まいらせたー。
男 ゆず。
妹 ん?
男 いつもありがとう。
妹 なんじゃらほい?
男 いや。
妹 もう、かわいい兄めっ。
男 ふふっ。
妹 締切には間に合いそ?
男 …、まあ、缶詰にならなくてすみそ。
妹 そっか。ファイトじゃ、兄さん。
男 おう。
◇妹ハケ。
◇彼女は、また男の背中に戻る。男は筆を進める。
◇男、ゆっくりと目を閉じる。眠る。
◇彼女は男を操り人形のようにしてあそぶ。
◇彼女は、男と共にうずくまり眠る。
◇妹イリ。
妹 兄さーん、ねえ兄さーん。
男 んー。
妹 いつまで寝てるの?
男 ん、ゆず?
妹 もう十一時なんだけど?
男 ん? ああ、…いいだろ、昨日は遅くまで仕事してたんだから。
妹 んー、まあ頑張ってたかな。
男 ね、おやすみ。
妹 いやいやいやいや。
男 …、お前、今日仕事は?
妹 休みっ。
男 そうか。
妹 それで、梅子さんのところには送ったの?
◇男はぐーをする。
妹 そっか、おつかれ。ま、それなら寝ててもいいかな。
男 お前なー。
妹 ふふっ。
男 くっくっくっ。
◇男と妹、顔を近づけて、二言三言ひそひそ話をする。
男 ばーか。
妹 ばかじゃないしー。
◇玄関のチャイムが鳴る。
妹 おっ? はいはーい、いまいきまーす。
◇妹ハケ。男は寝る。
妹(声) はーい、いまあけますよーはいあけたー!
女(声) こんにちは。
妹(声) あらこんにちは兄さーん、梅子さーん!
女(声) 失礼します。
男 えっ?
◇男は隣に寝ている彼女を見て、あわてて起こす。
男 起きて。
彼女 にゅ、なに?
男 帰るぞ。
彼女 や。
男 いいから、はやく。
彼女 ふぇあー。
男 ほら、はやく。
彼女 うぇー、なんでー?
男 いいから。
彼女 ぶー。
男 …。
◇彼女は男に抱きつき、耳元で囁く。
彼女 また会いに来てね!
◇男は彼女を引き出しに押し込み、引き出しを閉じる。
◇あわてて引き出しの鍵をかけていると、女が入ってくる。
女 …、先生。
男 …。
女 何をしまったんですか、先生。
男 …、何を? 何も。
◇妹、てー持ってイリ
妹 兄さーん、入るよー。
女 …。
男 …。
妹 …てーを、…。
女 …。
男 …。
妹 …、あの…。
女 すみません、ゆずちゃん。ちょっとお仕事のお話なので、席をはずしてもらえませんか。
妹 え、なに…。
女 お願いします。
妹 …、はい。
◇妹ハケ
女 原稿、拝見させていただきました。
男 はい。
女 素敵です。
男 ありがとうございます。
女 恋をしているのですね。
男 ええ。
女 良いことです。
男 はい。
女 でも、だめです。
男 だめ?
女 これは掲載できません。
男 なぜです?
女 …。
男 なぜです?
女 引き出しに何をしまったのですか?
男 …、何を?
女 …。
男 …。
女 先日、豊見山とみお先生との打ち合わせがありまして…。
男 …。
女 担当させていただくことになったんです。
男 そうなんですか。
女 それにあたって、これまでの作品も大方、拝見させていただきました。
男 はあ。
女 それで。
男 ええ。
女 見ました。
男 なにを?
女 文章。
男 いったい…。
女 文章です。
男 何を言ってるんですか?
女 …。
男 何を言いたいんですか?
女 …。
男 …。
女 盗作です。
男 …。
女 盗作ですよ。
男 …、盗作?
女 ええ。
男 そんなことを?
女 …。
男 いったいだれが?
女 だれが?
男 …。
女 あなたが。
男 …。
◇鍵が落ちる。ちゃりんとなる。
女 …。
男 ああ。
女 恋をしているのでしょう。
男 …。
女 でもそれは、読者の恋。
男 …。
女 他人の彼女を抱いているのと変わりません。
男 …。
女 これは、掲載できません。
◇女は、落ちた鍵を拾い上げる。
男 音が鳴った。輪郭の無い妄想が形ある理想へと変わる音。彼女が笑う声。書きたいものと書くべきものはいつからか分離し、書きたいものも書くべきものも書けなくなった。二歩進んでは二歩下がり、また、二歩進んでは二歩下がる。そのうち、一歩も進めなくなり、心と頭は分離して、俺は彼女を見つめて……、また、見つめた。
◇女は引き出しの鍵をあけ、引き出しを開ける。目を細め、引き出しの中を見つめる。
女 一歩も進めなくなったのなら、どうしてまわりに言ってくれなかったのです? どうしてゆずちゃんに…、どうして…。どんなに人様の手を煩わせたとしても、どんなに酷く醜い駄作が出来上がったとしても、それは十二分に意味のあるものであるのに…。不格好でも、不格好でも意味のあることを…。
男 …、意味?
女 意味です。
男 何だそれ。考えたこともなかった。
女 そうですか。
男 ええ。
女 考えて。
◇女は引き出しをそっと閉じる。
女 私は…。