今夜は酔いたいの
明石は何も答えなかった。三年ぶりの再会もあっけなく終わった。明石は飲み過ぎて帰ると言い出したのである。仕方なしに高木は街を一人で歩いた。売春宿が並び界隈にも行ってみた。何人もの、それらしい女たちが寄ってきた。いつもなら、気まぐれに女を買ったかもしれないが、なぜか買う気持ちになれなかった。
その後、中国国系が住む街に行った。
建ち並ぶ家は古いバラック建てで、細い道は夕方のように薄暗い。二階から、彼らの洗濯物を干した一本の長い竹竿が突き出ている。
ヤクザのボスのような男が人力車の荷車に踏ん反り返っている。その先の路地では、野菜を売る老婆が群れている。
ぶらぶらと歩いているうちに、スコールが降ってきた。まるでバケツをひっくり返したような降り形である。雨をしのげるような場所を探しながら走ったが、見つからなかった。
雨はしばらくして止んだ。あたりを見回すと、小さな広場にいた。
強い異臭がする。白いシャツを着た老いた中国人が亀をさばいていた。中国人は何でも食う。犬でもトカゲでも猫も、彼らの胃袋に入る。こちらの存在に気づくと、その老いた中国人は何ら表情を変えず、じっとこっちを見ていた。しばらくするとまたさばきはじめた。その中国人の横では子猫が四匹じゃれあっている。また、体長三十センチ位のトカゲが駕籠にはいっていた。中国人の強さの秘訣は、その貪欲さにある。
ホテルに帰った時、七時を回っていた。
ロビーに麻衣子がいた。高木はその隣の椅子に座った。
「ご一緒させてもらって宜しいですか?」
「ええ」と麻衣子は少し慌てて言った。
よく見ると、彼女の眼にうっすらと涙が浮かんでいた。彼は気づかれぬようにすぐさま眼をそらした。
「今日はどちらに?」と麻衣子は尋ねた。
「ただ、市内をぶらぶらとあてもなく歩きました」
「この街は混沌として全く分かりませんわ」
「成長しつつあるからでしょう、東京だって、香港だって、みな一緒ですよ」
「私は京都と育ったから、どうも、こういった街は好きになれないわ」
「京都の訛がありませんね?」
「高校から東京で住みましたから」
「東京のどこにお住まいでした?」
「目黒です」
「良い所ですね」
「そうでしょうか?」
「今夜は酔いたいの、付き合っていただけます?」
「喜んで」
二人でホテルのバーに入った。
ほろ酔い気分になったところで高木は聞いた。
「どうして酔いたいのです?」
「彼と別れから」と麻衣子は笑った。
いろいろ話し込むうちに、二人はワインボトル五本開けた。
翌朝、麻衣子はカーテンの隙間から差す日で目が覚めた。ひどい二日酔いのせいで喉の渇きを思えた。ふと傍らに高木が寝ている。よく見ると、そこは高木の部屋だった。
高木も起きた。
「どうだ、十分飲んだかい? 俺は一年分くらい飲んでしまった。おかげで、部屋に入ると、直ぐに寝てしまったよ」
「何も無かった?」
「何か起こることを期待していた?」と高木は聞き返した。
すると、「いいえ、昨日は酔いたかっただけだから」と麻衣子は微笑んだ。