森尾理沙は○○がお好き?
僕には、予想がついた。
きっと森尾理沙は、こんなふうに、にこやかであっけらかんとした表情で、出会う人に挨拶をしていたのだろう。それに、血も滴らすどころか、滲ませもせず、ただ手を強く握っているくらいにしか見えてなかったのではないだろうか。
そんなことができるのか? とも思えたが、森尾理沙ならば、それも可能だと思えた。
「診察のある日で良かったと思いましたよ。でも、受付で用紙を記入してください、って言われて。ここまで両手が塞がっているのに、なんて気の利かない受付さん、って怒れてしまいましたよ」
僕は、森尾理沙の怒りを表している様子が、不可思議な生きもののように見えた。このときに見たことは、今でも貴重な経験だと思っている。
「でも、書かないと縫ってもらえないかと、指にボールペンを挟んで書いたんですけどね。あんなミミズなんて絶対にいない、ってほどカクカクの変な形の字で、受付さんの眉がへの字に困っていたから、よっぽどだったのかしらね。ざまあみぃーって思っちゃいました」
もう、いつもの森尾理沙に戻っていた。僕の体の中の胸のあたりが、ひくひくと、引き攣るのではないかと思うほど、楽しくなっていた。
「診察室に入って、先生が傷口を診るときに やっとわたしも見たんですけどね。『ぱっくりだね。縫っとこっか』って先生たら、傷口広げるの。そこでツツゥーって……」
僕の喉仏が、大きく上下するくらいに唾と息を飲んだ。
「出てきた?」
「出た出た。垂れてきた。あぁー、せっかくここまで我慢したのに、まだ(血は)止まってなかったか、って残念。横の寝台に横になって、手の下にブルーの布を敷いて、『麻酔です。チクチクするけど、ごめんねぇー』って、語尾を伸ばして謝らないでよ。ねぇ?」
ねぇ、って言われても。僕は、困って苦笑した。
「傷口の中に注射針突っ込んで、痛かったぁ。麻酔打つ麻酔打ってよ、って思ったくらいです。傷口が痛いのか、何がどう伝わっているのか、指のことなのに、お尻のほうまで痛い気がしてきてね。でも、我慢、我慢。だって自分がしでかしたことですからね。馬鹿なことしちゃった、ってもう後悔ばかり。はぁ……」
森尾理沙の溜息に、僕の、そのぉ、男の宝のウ冠の外れたやつが、想像の痛みに反応して上昇しそうだったのが、静かに定位置に安置された。
作品名:森尾理沙は○○がお好き? 作家名:甜茶