森尾理沙は○○がお好き?
先日、両手の手首から先を、『きらきら星』でも歌う子どものように、捻りながら振って、僕の前に示した。
「包帯取れました」
森尾理沙の左手の薬指に絆創膏が貼られていた。
「これで、パソコンもばっちりです」
ばっちりと言って、森尾理沙は、それほどパソコンの作業はないはずだけど、仕事にいつも真面目に向かっている様子は、好感が持てた。
この話は、また違った痛々しい話だ。
森尾理沙は、本人の証言からすると、たまには自炊するそうだ。女の子なら、女子力の高さを誇示するように、『たまには出来合いもので済ませるわ』と言いそうな気がするが、そんなことなど、多くの出来事の中では、ちっぽけなことのように言う。
「美味しいものが溢れているのに、自分で作る食べ飽きた味でお腹をいっぱいにしたら、食べられなくなるでしょ。勿体ないじゃないですか」
実に あっけらかんとした表情で語るので、そうだよな、と僕は頷いてしまった。
あ、あまり突っ込むと、多々あるハラスメントにあげられるといけないので、程ほどに。
森尾理沙のその『たまには』をした翌日、指の何倍あるだろう包帯を巻いて、出社して来たときに この話をした。
「野菜いっぱい炒めを作ろうと思ったんです。とんとんって、そりゃあ、いいリズムで刻んでいたんですよ。あ、ザクザクと切っていたんだろうと、思ったでしょ?」
「いや、思ってないよ」
すると、森尾理沙は、左手を丸く握って、まるで…
「ちゃんと、猫の手で押さえていたんですよ」
僕がどんな笑いを森尾理沙に向けているのか、想像がついた。たぶん、目の前の森尾理沙と同じ表情だろう。鏡のように真似しているみたいだ。
「この指ったら、人差し指と中指よりも出しゃばりなのね。ちょっと『一歩前!』って包丁の前に出てしまったんです。『出る指は切られる』ってことわざありませんでしたっけ?」
「杭だと思うよ。それに 打たれるだ」
思わず、突っ込みたくなる呆けも 可愛らしいかった。
「で、研ぎたての包丁が、チョンって当たったんです。チクッって一瞬して、ヤバイ!って思って、指を押さえたんです。ふふふ、血は出ていない」
森尾理沙は、してやったりのしたり顔で その時を回想しているようだった。
「でも、そぉーっと指を見たら、結構、ズバッといってるみたいで、覚悟したんです。『縫うか』って。それで、しっかり強く押さえて外科病院まで行ったんですけどね。まさに両手が塞がっていて、バッグをどう持とうか?とか、戸締りはいいか?とか、気にしないといけないことがいっぱいで、やっと外に出たと思ったら、ご近所の方に会って、挨拶してくるんですけどね、『あら、気をつけてね』っていうだけで。わたし焦っているんですよ」
作品名:森尾理沙は○○がお好き? 作家名:甜茶