森尾理沙は○○がお好き?
「献血ってされたことありますか?」
駅前の掲示板に貼られた献血のポスターの前を 通り過ぎたときだった。
「あるよ。二十歳の献血と街中に移動車が来ていて、何となく気分で」
「羨ましいです」
「えぇ? 羨ましいって、血を取られるんだよ」
「だって、わたしは『駄目です』って」
森尾理沙は、この話を 信号機のある交差点を三筋は歩いたほど、続けた。
「献血の移動車が、ショッピングセンターの駐車場に来ていたから『これからお世話になるかもしれないし』って友だちとしようとしたんです。それで、受ける人向けに、薬を飲んでないとか、病気や治療後じゃないとか、そこに書かれてた条件に該当しないから、受付して、問診して、さて、いよいよだ、って思ったのに、採血基準がどうとかの事前判定の採血したら、『ご遠慮ください』って乳酸菌飲料を渡されて、車外へポイ! 外で友だちを待っていたことがあって、それ以来、したことがないです。でも、血液検査の採血は、嫌ではないんです」
僕も何度か採血をしたが、危害は無いことは承知とはいえ、腕を採血用の台に乗せ、待つ間の怖さ。注射の針の刺さる瞬間のあのプッチとした皮膚に伝わる重みとチクリと刺された一点に感じる痛み。考えただけでも…… おぉ、イヤだ!
そんな様子を 森尾理沙は、愉快なことのように語ったのだ。
「処置の部屋に入って、どちらの腕を肘枕に乗せようかなって考えながら、看護師さんに『どっちにしましょう?』なんて訊くと、『どちらでも』とか『こちらが良さそうね』っておそらく得意があるのか、選択したりして。親指を握って力を入れるんですけど、なかなか出ないと、二、三度手首から上腕の方へ擦り上げて、どの血管にしようかとなるわけで。紐状のゴム(駆血帯)で縛って、膨らんだ静脈血管をプヨプヨと人差し指で確かめて。アルコールの滲みた綿でススーッと、あぁ、この匂い、いいわぁって思いません?」
「あ、いや別に……」
「あら、そうですかぁ。乾く時のひやっとした感覚もいいんだけどなぁ。それでですねぇ、いよいよ採血の針を刺すんですよね。膨らんだ静脈血管に添うように注射針を構えて、針の角度がちょっとできたかと思うと、『わあ、来るくる』ってチクって刺されるんですよ」
「見てるの?」
「え? 見ませんか?」
森尾理沙にも、たぶん人並みの痛覚はあると思うが、わかって与えられる痛みには、体が防御というか「痛いらしいよ。頑張れる?」と思考で予測して覚悟するみたいだ。
「小さな試験管の中に ツーっと入り込む血液を見ていると、生きてるわぁ、って思うんですよね」
まったく、この感情は、どうしたら身に付くのだろうと考えてしまったほどだ。
こちらも負けないくらいの話だが、妙に納得した。
いや、やっぱり理解できない僕は、凡人で良かった、と思った。
作品名:森尾理沙は○○がお好き? 作家名:甜茶