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森尾理沙は○○がお好き?

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さすがに歯の治療の様子を見ることは、無理なことだ。
森尾理沙は、歯に当たるドリルの振動、キュルキュルと歯を削る音から、口の中を想像し、歯が戦っている姿を浮かべるそうだ。

清潔感と静寂の診察室に入り、治療の為の器具に囲まれた椅子に腰かけると、本当に満面の笑顔なのか、マスクに隠された口が何を語っているかはわからない見せかけの目元だけの笑みなのか、歯科衛生士の方が、紙ナフキンをクリップで留めるところから始まった。

「歯科医院ってお見合いみたいですよね。初めて治療に行ったときの印象で『あ、ここは?』って安心できるとか、早く治療終わらないかなとか、思いませんか? 雰囲気やお医者さんの第一印象が大事だと思うんですよ。だから、気に入った歯科医院って、あまり変えないでしょ?」
「いや、そんな意識は、したことない」
「そうですか? 綺麗な歯科助手さんが、見つめていると思うとドキドキしません?」

確かに、僕が治療に行く指のぶっとい、いや ややぽっちゃりとした先生の歯科医院は、綺麗な女性スタッフがいて、微笑んでくれる。と思ったことはあった。
それにその先生の治療が、見かけによらず繊細で、丁寧で、その後もぴたっとくるのが やっぱり気に入っているのかなと思い出していた。

「始めに口を漱いでいると『今日は、どうされました?』って、斜め後ろから突然訊かれて、慌てて口元をタオルで拭いて、『あの、此処の詰め物が…』って言い終わらないうちに『診てみますね』って。けっこう淡々とマイペースな先生なのです。でも、凄いわぁ。痛いと思っていたところと悪いところが違っても、ぴたりとわかってしまうのよ。『じゃあ、治療していきますね』って、あのライトが口元に照らされたら、もう覚悟しますね。目を閉じて、大きく口を開けて、『はい、どうぞ』って感じで醜い顔をさらす。他ではできないですよね」
こんなことでも、実に楽しそうに話す森尾理沙が、可笑しい。
「目、閉じます?よね?」
「ああ」
「よかった。皆さんどうしているのかと気になっていたんです。麻酔されるときは、どこにされるのか、緊張する。体に力がはいってしまうけれど、それを知られるのも恥ずかしいし、タオル握って平穏を装うんです」
「そんなにしなくてもいいんじゃないのかい?」
「だって、せっかく治してくれようとしているのに、怖いとか、痛いとか、果ては嫌い!なんて態度をしたら、気の毒じゃないですか」
そりゃ、大好きという人いないだろうし、いたとしても、極稀なる人ではないだろうか。
「でも、痛いときだってあるでしょう?」
森尾理沙は、やや頭を傾げ、視線を僕の足元より五十センチほど離れたゴミ箱の模様辺りを見ながら ひと呼吸考えて言った。

あ、こんな話は、仕事中にしているわけではないからご心配なく。心配もされてないとは思いますが、念のため。

「助手のお姉さんに『痛いときは、手を上げてくださいね』って言われても、どのタイミングがいいのかわからなくて上げたことはないです。それに、我慢できないくらい痛くて歯医者へ行くから、その痛みを解消してくれる歯医者さんは凄いです」


作品名:森尾理沙は○○がお好き? 作家名:甜茶