森尾理沙は○○がお好き?
いつだったか? それも定かでないので何年か前としておこう。
健康保険事務所からの通達で、指定の期間中に健康診断、いわゆる日帰りの人間ドックをすることになった。
それまで、森尾理沙は、巡回健診車で実施されるものは受けたことがあるものの、医療施設・病院ではなかったらしく、その不安や緊張がそんな話を導き出したのかもしれない。
「訊いてもいい?」
あ、先に言っておくと森尾理沙とは、そのぉ… 男と女の付き合いがあるとか、恋人同士とかの関係ではない。このときも森尾理沙の同僚という友人の女性も一緒だった。
「何?」
「人間ドックってどうなの?」
「どうなのって 理沙、もしかして怖いの?」
「わたし、まだ一度もバリウム飲んだことないし、ゲップしたら飲み直しとか?」
「確かに美味しくないわね」
「バリウムが不味いのはあえて不味く作られているんだって」
僕は、学生時代の友人でちょっと学力優秀だった奴が 同窓会の席でどうだ!とばかりにご披露していた話を持ちだした。
「美味しいと感じると胃は動きが活性化して、さらに胃酸の分泌が活発になる。だから不味いバリウムで食欲をなくさせ、胃の動きや胃酸分泌の活性化を防ぎ、安定した状態で胃を検査するためらしい」
「凄―い。そっか、そっか 美味しそうなものを見るとお腹がすくもんね」
森尾理沙は、何となく苦笑いを浮かべたように見えたが、その時の気持ちはわからない。
「前回、いちご味だったから、今度は、バナナ味にしようかな」
友人の女性のほうが、反応は良かった。たぶん、森尾理沙は、バニラ味を選ぶのではないかなと思った。
あ、そう。その会話のときに 森尾理沙が こんなことを言った。
「悪くないのに 病院に行くなんて嫌だ」
いかにも 僕の知る限りの森尾理沙の一面がみえた気がした。
こんなダダのこね方も可愛らしい。
「もう理沙ったら」
「ドキドキの心中わかります? わたし、小心者なのよ」
森尾理沙は、両肩をあげて、吐きだす息とともに すとんと落とすと、
「初めてって 緊張で血圧上がってしまいそう。うん、覚悟した! さてと、すると決めたら、少々体重も調整したいしね」と、笑って見せた。
小心と言っていた森尾理沙が、覚悟を決めた、となったら前向きになった。冒険心か探検心のような気持ちへの変化が、面白く興味を感じた。
「人間ドック体験も 人生に一度くらいはいいかな」
森尾理沙は、早く受けたいと気持ちが進行していたに違いない。
あのときの人間ドックの様子や結果がどうだったかは、聞いていない。
僕も 特にその内容に興味があるわけではなかった。
ただ、森尾理沙は、『痛いという感覚は嫌なこと』と結びついていないようだ。
この話を聞いたときは、いったい何を言っているんだ? と思った。
作品名:森尾理沙は○○がお好き? 作家名:甜茶