月が、見ている
その後は、学校とか部活とかの他愛もない話をして(あたしは吹奏楽部で、ゆうちゃんはバドミントン部。どっちの話にもうみさんはうんうんと笑顔で耳を傾けてくれた)。もう、あたしが涙をこぼすことはなかった。
気が付けば雨はすっかり上がっていて、窓の向こうに見える街並みは薄青い夕闇に包まれている。
―もしかして虹、出てたかな。だとしたら、見逃しちゃったな。―
そんなことを考えながら椅子にかけていた鞄を背負い、うみさんにお礼を言って、チリンチリンとベルを鳴らして木製のドアを引く。
ゆうちゃんが電車に乗る駅まで、2人で肩を並べて歩いていく。駅までは何となく2人とも無言で、駅に着いたときに一言、ゆうちゃんが言った。
「美雨。ゆっくり進も、ね。」
「…なんか今のゆうちゃんの言葉、じわじわ来る」
「じわじわ…?私、全然ウケとか狙ってないよ!」
「あ、違くて!えっと…じんわり来た!」
「美雨…この天然野郎!」
殴りかかるふりをして、ゆうちゃんがあたしにとびかかってきた。そのままぎゅっと首のところを抱きしめられる。照れ隠しかもしれない。ちょっと苦しい。
「…ありがとね、ゆうちゃん」
おもむろに首に巻きついた腕をほどきながら、あたしはゆうちゃんに目線を合わせて微笑みかける。…うん、ちゃんと笑えてる、心から。
「…あたし、別に何にもしてないよ」
「でも、一緒にいてくれたし、どんぐりカフェも連れてってくれて、嬉しかった」
「…はいはい!」
恥ずかしいのか、ゆうちゃんはあたしに掴まれたままだった腕を乱暴にふりほどくと、あたしの両肩をトン、と押した。バランスを崩し、思わずよろめく。
「…ちょっと!危ないよ」
「だめだめ、これ以上いいムードになるとまた美雨泣くから」
「もう!」
怒ったふりをする。…実際ほんのちょっと泣きそうになっていたのは、内緒。
「…美雨は、ほんとは強いからね。いつか必ず乗り越えられるはずだから、今は存分に悲しむといいよ」
何か言うと涙が落ちそうで、それはさすがにしつこいかなと思ったから、黙ったままコクコクと頷いた。ゆうちゃんの言葉を噛みしめながら、手を振って、最後はさっぱりと別れる。
…ふと、どんぐりカフェで涙をごしごし拭いていたあたしに向かって、うみさんがつぶやいた言葉を思い出す。
―悲しみはね、無理に消そうとする必要はないんだよ。やがては自然に癒えていくものなの。だから、今この瞬間、悲しいときは精一杯悲しんでいいの。この悲しみはいつ終わるんだろう、終わりなんてないんじゃないかって、怖がることはないんだよ―
うみさんは結局、なんであたしが泣いていたのか、一言も尋ねなかった。
―うみさん、ゆうちゃん。どうもありがとう。
あたしの周りには、こんなにも温かさが溢れてる。