月が、見ている
エプロンを外し、高い位置で結んでいた髪も下ろしたリラックスモードのうみさんが、自分の分のカップを持ってニコニコと奥から出てきた。カウンター前の椅子に座ると、そのままずるずると椅子を引きずってこちらへやって来る。
「今ね、ミルクプリンのチョイスが美雨っぽいって話してたの」
「あー、なんか分かるかも!ちなみにゆうちゃんは何プリンのイメージかな…美雨ちゃんどう思う?」
「え、ゆうちゃん?…そうだな〜、黄色かな…いや、オレンジかな」
目の前で脱力して笑うゆうちゃんと、その様子を見てにやにや笑っているうみさんをしばらくぽかんと見つめ、ああ今はプリンの話だったと、ワンテンポ遅れて理解した。
「だってさっきまで色の話してたじゃん…ちょっと、2人してそんな笑って…!」
笑いの止まらない2人にあたしが膨れてみせると、
「いやぁ、美雨ちゃんはそういうちょっと抜けてるとこがいいのよね」
まだ口元がほころんでいるうみさんは、お手拭を丁寧に畳みながらそんなことを言う。
「でも、確かにゆうちゃんのイメージカラーはオレンジっぽいかも。元気で、太陽みたいなキラキラオーラがあってー」
「そうなんです!ゆうちゃんっていっつもきらきらしてるイメージ」
「ちょっと、2人してそんなほめてくれちゃって…!」
ふざけてさっきのあたしの口調を真似ながら、ゆうちゃんが照れた顔をした。
「…美雨ちゃんは白ってね、分かるよ。でも、内側には赤い色を秘めてるって感じがする」
ふと改まった調子のうみさんが、紅茶を一口含んだ後にそんなことを言った。
「赤…」
口ごもったあたしを見て、ゆうちゃんがちょっと心配そうな表情をしている。あたしたちの様子がおかしいことに気付いたのか、うみさんは困ったように眉を下げた。
「ごめんね、私なにかまずいこと言っちゃった?」
「いや…えっと…」
困ったように、あたしとうみさんの様子をちらちらと伺っているゆうちゃん。あたしはふう、と息を吐いた。
「…いやいや!全然まずいこと、言ってないですよ。ただ…」
その先が、なかなか言えない。ゆうちゃんもうみさんも、急かすことなくあたしの次の言葉を待ってくれてる。
―うみさんもニュースで見ましたよね?ブルクラの玲二くん、結婚したって。実はあたし、玲二くんの大ファンだったんですよー、玲二くんカラーの赤に反応しちゃうぐらい。だからちょっと、落ち込んじゃって。へへっ―
なんて、軽い感じで言って明るく振舞えたら良かったんだけど。
でも、無理だった。
口を開こうとはしたものの、言葉より先にあたしの内側からこぼれ出たのは、本日2回目の、涙。
うみさんは何も言わず、静かに微笑んだまま席を立った。カウンターの奥からポットを持ってきて、紅茶のお代わりを注いでくれる。ゆうちゃんは、何だかちょっと居心地が悪そうにしながらも、
「ほら、あたしのかぼちゃプリンもちょっと食べてみて!美味しいから!」
自分の食べかけのプリンのカップを雑によこしてくる。2人の優しさが身に染みて、あたしは次々と零れ落ちる涙でぐしゃぐしゃの顔のままで、精一杯の笑顔を試みた。