月が、見ている
駅にくるりと背を向けて、歩き出す。ブレザーのポケットをごそごそ漁って、赤いイヤホンを取り出して耳にはめた。音楽プレーヤーの電源を入れ、ボタンをカチカチと押してブルクラが歌うバラードを選択した。再生ボタンを、押す。
ポーン、ポーン。傘を右足で蹴りながら、ゆっくりなスピードで家路を行く。…あ、玲二くんのソロパート。もやをまとった光みたいな、なんだか不思議な声。やわらかな中に透き通った、確かな意思がある。
…ん?
やわらかい中に、確かな意思があるような声…
さっき同じような言葉、聞いたような。
ふと、再びうみさんの声が、頭の中で再生される。
「…でも、内側には赤い色を秘めてるって感じがする…」
もしかして、あたし、ちょっとは近づけたのかな。
―見た目は柔らかい雰囲気なのに、内に秘めた強さを感じる―
そんな言葉で語られることの多い、玲二くんに。
ブルクラの音楽を知って、ブルクラのメンバーについても色々と知って。そんな中、玲二くんのことを断トツで好きになったきっかけは、初めは淡い憧れだった。
雰囲気が柔らかいっていうこと、自分ではぴんと来ないんだけど、実はあたしは周りの人からよく言われる。けど、弱い意思に優柔不断な所、自分に嫌いな所は沢山あった。どうせなら強く、しっかりして見られたくって。しっかり者の親友、ゆうちゃんのことを尊敬する一方、自分の抜け加減がつくづく嫌になって、自己嫌悪に陥ることも多かった。
そんなとき、見た目とは裏腹に力強さがあり、でもどこか優しげな玲二くんの声に、そして、そんな声そのままの人柄に、どんどんと惹かれて行った。淡い憧れはいつの間にか、強い恋心へと変わっていた。
柔らかさと強さって、同時に持つことができるんだなって。そういう人になりたいと、心から思った。
次の街灯がある曲り角を右へ行くと、我が家はすぐそばだ。バラードは、サビ部分を超えて終盤にさしかかっている。そう、あたしが好きなのはこのサビじゃなくて、終わりかけの…
―だいじょうぶ 月が見ている ぼくも見てるから―
玲二くんの声。…ああ、まだだめ。また泣いてしまいそうだ…
正直、まだ玲二くんの声を聴くのも、テレビで記者会見の様子が流れてくるのを見るのも、なんだか胸がきゅうきゅうして、辛い。この悲しみに終わりはないんじゃないかって、やっぱり少し、思ってしまう。けど。
あたしもちょっとは近づいてるかもしれない。憧れだった、内に秘めた強さと、こぼれ出る優しいオーラを併せ持つ、彼の姿に。
いつの間にか家の前に着いていて、何気なく真上の夜空を振り仰ぐと。
満月まではいかない、不完全な円を描いた白い月が、優しくこちらを見つめている気がした。(完)