小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

月が、見ている

INDEX|3ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 チリンチリン…
 明るい茶色をした木製のドアを押すと、可愛らしい鈴の音が鳴る。子供部屋のドアなんかにかけられているような、つつましく小さいネームプレートには、店長のうみさんが書いたであろう『どんぐりカフェ』のポップな文字が躍っている。
 ここに来るのは2回目で、前回もゆうちゃんに連れられて、日曜日の午後にお茶をしたことがあった。
「うみさーん!来たよー」
 学校帰りなど、ここに1人でもよく来るというゆうちゃんは(電車通のゆうちゃんが利用する駅のすぐそばなのだ)、うみさんとはかなり打ち解けている。奥のキッチンでジャージャーと水を流し、洗い物をしていたであろううみさんが、おー、来たね!と声を出しながらキュッと水道の栓を閉め、くたびれたタオルで手をふきふき、カウンターの方へ出て来た。ポニーテールのせいで、26歳にしては童顔なうみさんがますます若く見える。
「ゆうちゃん、いらっしゃい。美雨ちゃんも、久しぶりね。」
「はい、お久しぶりです。」
 赤くなった目を隠すように、思い切りの笑顔を上書きする。
「そう言えば、もう閉店時間過ぎてない?もう5時過ぎたよね」
 あたしがこっそりゆうちゃんに耳打ちすると、
「そう、でもさっき電話したとき、特別にうみさんに許可もらったから」
 ゆうちゃんは楽しげに窓辺の雑貨を手に取りながら答える。そこには木製のくまやら犬やらが窓辺に一列に並んで、滑り台で滑ったり落ち葉の上に座り込んだりと、なんだかメルヘンな世界が広がっていた。あたしも、その1つを何気なく手に取ってみる。赤いマフラーを巻いた猫。
 目線はどうしてもその赤に吸い寄せられる。一向に癒える気配のない胸の傷が、きゅうきゅうと痛んだ。
「ゆうちゃん、美雨ちゃん。今日は何をお召し上がりですか?」
 メニュー表を胸の前に掲げて、うみさんは首をかしげる。小柄で可愛らしい外見をした店長のうみさんは、そんな可愛らしい仕草すらぴったりはまってしまうのだ。
「うーん、あたし、この秋限定のかぼちゃプリン食べてみたかったんだよねぇ。…あ、でもいつものチョコフレークプリンにしようかな…迷う!」
 はしゃぐゆうちゃんをニコニコと見つめるうみさん。こんなとき、一緒になって素直にはしゃげない自分はあんまり好きじゃない。   
 今日は特に、はしゃぐ気分にもなれないし。
 ふとメニューから目を上げるとうみさんは、こちらに目を合わせてあたしにも同じように微笑みかけてくれた。自己嫌悪でぎゅっと委縮してた心が、ほわんとほぐれる。
「じゃあ、あたしはミルクプリンにしようかな」
「あ、美雨の方が先に決まってるし、珍しい!…じゃあやっぱりかぼちゃプリンにする!」
「はーい、かしこまりました!」
 パタパタとカウンターの奥へ消えて行くうみさんを目で追っていると、ゆうちゃんがくいくいとあたしのブレザーの袖を引っ張った。無言のまま、カウンターそばの席に連れて行かれる。鞄を椅子の背にかけて、向かい合って腰を下ろすと、
「どう?…少しは落ち着いた?」
 上目づかいでおそるおそる尋ねられた。
「うん、表面上はね」
「表面上って。まだまだ落ち着いてないってことだね」
「そうだね。赤い色見て心がささくれだってるうちはまだ大丈夫って言えないよね…」
 はあ。ため息をついて背もたれにボフンともたれかかる。
 赤は、玲二くんの、ブルクラにおけるメンバーカラーなのだ。青山くん、だけど、赤。クールな性格だけど、赤。そのミスマッチ加減も、説明できないけど、なんかいいなって思ってた。
「いや、しかし、あたしもびっくりしたわ。まさかあの玲二くんが結婚とはねえ…」
「うう、名前聞くだけでもうやばい…」
「…や、美雨、いくら何でもそれは…」
 呆れて思わず苦笑いを浮かべたゆうちゃんも、あたしの目が潤み出したのを見て観念したらしい。ごめんごめん。慌ててつぶやきながら、ぴりりと目の前のお手拭きの袋を破っている。
「こちらこそ、めんどくさくてごめん」
 俯いて、あたしもお手拭の袋の端を引っ張る。うまく破けなくて、ビニール袋がびよんと伸びた。
「今日だけは、大目に見てやろう」
「…あたしだって、思ってなかったもん…まさか玲二くんに婚約者がいたとか、」
「結局名前出してるし」
 おいおい美雨ぅ、なんて言って、くすくすと笑うゆうちゃん。あたしが矛盾しためちゃくちゃなことを言っても笑って許してくれる彼女の寛大さには、いつも本当に救われている。
「出さなきゃ話せないし、話さなきゃ前に進めないし」
「お、美雨、ちゃんと前に進もうとしてるんだ。えらいじゃん」
「…いつまでも立ち止まってる訳にはいかないしね。相手はアイドルみたいなものだし…ああ、あたしとんでもない人、好きになっちゃったんだ…」
「いやあ、しつこく言っちゃうけどさ。美雨が玲二くんファンなのは知ってたけど、まさかそこまでとはね…」
 どちらからともなく口をつぐみ、さっきうみさんが運んでくれたお冷を口に含んで、ぴったり同じタイミングでため息をついた。ちょうどその時、パタパタパタという小動物的な足音と共に、うみさんがプリンを2つと紅茶のカップを2つ、それに小さなポットをお盆に載せてこちらへ向かって来た。
「はい、お待たせ!かぼちゃプリンと、こっちがミルクプリン。紅茶はサービスでーす」
「わ、やった!うみさんありがとう!」
「美味しそう…ありがとうございます」
 青い小花模様が散るティーカップをあたしたちの前に置き、丁寧に紅茶を注いでくれるうみさん。テーブルの上にはたちまち甘酸っぱい香りが立ち込めて、あたしは深く深呼吸した。冷え切っていた心の芯を、紅茶の温かな湯気が溶かしてゆく。
「はぁ、いい匂い。うみさん、いただきまーす」
「いただきます。プリン、すっごく美味しそう」
「よかった。はーい、どうぞごゆっくり」
 ポットをお盆に据え、踵を返したうみさんは、そのままカウンターの奥へ再び姿を消した。ほどなくして水の音が聞こえ出す。さっきの洗い物の続きだろう。
「美味しい!美雨も早く食べなー」
 いつの間にか食べ始めているゆうちゃんは、きらきらの笑顔で2口目に取りかかっている。あたしも慌ててスプーンを取り、食べ始めた。
「…美味しい!」
 思わず小さく叫ぶと、ゆうちゃんはふふっ、と笑った。
「美雨、今日一のスマイル」
「…ほんとだ」
 今度は2人、顔を見合わせて笑い合う。
「季節限定って、惹かれちゃうんだよね」
「わかるわかる!でも、あたしは今日は定番の優しい味に癒されたい気分だったの」
「なるほど、それでミルク味ね。美雨っぽいね、うん」
「あたしっぽい?」
「うん。なんていうんだろ…美雨は白って感じ。まぶしい白!っていうよりは、こういうミルクみたいな優しい白って感じなんだよなぁ」
「ほんと?嬉しいけど、あたしそんな潔白じゃないよ」
 あはは、潔白って!ゆうちゃんはさも可笑しそうに、ナプキンで口を拭いながら笑った。
「美雨っていちいち言葉のチョイスが大げさなんだよー」
「なになに、楽しそうじゃん!私も入れてー」
作品名:月が、見ている 作家名:ひだまり