小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

月が、見ている

INDEX|2ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 ゆうちゃんの傘は、鮮やかな青色。ポン、という軽快な音を立てて、鉛色の空にぱっと1輪の青空が咲く。
 あたしは自分の、赤地に白いレースの入った傘をさしたくなくて、無言でゆうちゃんの傘の下に潜り込んだ。
「うわっ、ちょっと。美雨傘持ってるでしょ?」
 別にいいけどさぁ。ゆうちゃんはそう言って笑う。
「赤い色を今は見たくない」
「…。」
 無言の数秒を経てゆうちゃんはようやく、
「それ、重症」
と言葉を発した。
「ゆうちゃんの傘広いから、居心地いいんだよねえ、うん」 
 必死に沈黙を破ろうとするあたしの心中は、多分ばればれなのだろう。ゆうちゃんはそれ以上あたしの傘について触れることはなかった。
 傘からはみ出ないようにぎゅっとゆうちゃんとの距離を詰める。
「じゃ、行きますかね」
 ゆうちゃんは少し微笑んで、雨空の下へ1歩足を踏み出した。私も遅れないよう、慌てて片足を前へ出す。ピチャッと小さく足元の泥が跳ねた。

 先日から、芸能ニュースはある人物の話題で持ち切りだった。チャンネルをどの局に替えても、玲二くんの記者会見の様子が報道されている、と言っても過言ではないほど。そう、私が大ファンであるバンドグループの「ブルークラウド」、通称ブルクラ。そのメンバーの中でも一番好きだった玲二くんが、一般女性との婚約を発表したのだ。
 婚約報告の記者会見を見たのが、土曜日の朝。のんきに朝ご飯の目玉焼きをもぐもぐと咀嚼していた私は、あやうく固い玉子の黄身を喉に詰まらせそうになった。
「どうしたの美雨、そんな焦って」
 慌てて牛乳をがぶがぶと飲む。お母さんがその様子をみて笑っていた。
「ううん、何でもない。…へぇ、玲二くん結婚したんだ!一般女性だって、すごいね」
 動揺を隠そうとして、どっから出てるんだ?っていうくらい不自然に明るい声を、必死に絞り出す。
「あぁ、ブルクラの青山くんね。そうなの、良かったねぇ、だってもう40近いんでしょ?結婚も考える時期よね」
 そう…あたしがこの青山玲二くんの大ファンであることは、家族の誰にも明かしてない。そもそもファンになったのって高校生になってからだし、高校生にもなって何でもかんでも家族に話すのは、なんだか恥ずかしい気もするし。
「でもお母さんは、どっちかって言うと三雲くん派かなー。あの無邪気な笑顔が、40代女性にはたまらないの!青山くんはやっぱり、クールな感じあるもんねー。美雨はブルクラでは誰のファンなの?」
「…別に。興味ないし」
 どきどきどきどき。急に心臓の鼓動が早まってきた。身体が先に反応してしまっているけど、心は全く情報についていってない。
…え、え、どういうこと?玲二くん、結婚するの?…
 そもそも婚約者って…聞いてないし。それも、一般女性…
「もう、そっけないんだから」
「ごちそうさま」
「ちょっと、ヨーグルト食べないの?お母さん食べちゃうよ!」
「…いらない、食べて」
 食器をガチャガチャと流しに置くと、一目散に2階の自分の部屋へ階段を駆け上がる。落ち着かないでしょ!?っていうお母さんの大反対を押し切って買ってもらった、赤いベッドカバーが掛かった布団に、その勢いのままダイブした。
 ぐるぐると混乱する頭の中は、さっきのテレビ画面に映っていた玲二くんでいっぱいだ。
 いつものクールな表情に、…ちょっと照れが混じったような、幸せそうな。
 涙が1粒頬を伝って、口に入ってきた。
 しょっぱい。私、泣いてる…ショック受けてるんだ。
―玲二くん、結婚しちゃうんだ。
 気が付くともう、どうにも止まらなかった。

 テスト休みで部活がなかったのをいいことに、土日はほとんど泣いて過ごした。もちろんテスト勉強なんて、手に着くはずもない。
 そして今日、月曜日。泣き腫らした目で登校してきたあたしを見て、ゆうちゃんはびっくりしていた。
「美雨が玲二くんファンなのは知ってたけど、まさかそこまでとはねぇ」
…テスト中も、窓の外ばかり見て(曇り空で、全然いい景色なんて見えなかった)、上の空。お弁当を広げて食べようにも、食欲がなくて。
 分かってるよ、相手は有名人。何をこんなに真剣に悲しんじゃってるの…
 でも。だからって、簡単に割り切れるような感情でもない。クラスには他にも玲二くんファンの子が数人いて、話題を出してはショックだと嘆いていたけど、あたしとは違ってちゃんと線引きができてるみたいだ。…ほら、さっきまで玲二くん!なんて泣く真似をしてたあの子も、今は別のクラスから遊びに来た彼氏らしき子とふざけあってる。
―あたしは、向こうの世界と自分たちの世界の線引きなんてできず、いつまでもその頼りない境界線の上で涙をこぼしてるだけ。

 ぼーっとしたまま歩くあたしが危なっかしいと、ゆうちゃんがついに傘を右手に持ち替え、あたしの左手を握って歩き出した。あったかくて安心する。考えてみれば今日1日、暇さえあればそばに来て寄り添ってくれていたし、お弁当だってあたしが食べきるまでずっと見張っててくれて…
「ゆうちゃん」
「ん?どした?」
「ありがとね…」
「え、なに急に…美雨?」
 ああ、もうこらえきれない。学校では我慢していた涙が、ついにこぼれた。
作品名:月が、見ている 作家名:ひだまり