謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜
三 Sarah Juarez
駅で喜びの表情で学校の方へ上って行った晴乃を見送ると、悠里とサラは近所のファストフード店に立ち寄ることにした。
「んでさ、悠里」
「なあに?」
テーブルの上に広げたフライドポテトをつまみながら二人は話を始める。
サラのフルネームはサラ・フアレス(Sarah Juarez)父はヒスパニック系のアメリカ人で母は日本人。日本の学校に通うが母語は英語だ。悠里と二人で話す時は英語と日本語が混ざる。悠里はそれがきょうだいと話しているようで、彼女の典型的な西側なまりが気持ちよい時がある。
「坂井くんは、どうなん?」
「どうなん?って……」
悠里は眼鏡の縁を掻き始めた。
「こないだ会うたんちゃうの?」
サラと悠里、そして晴乃の三人で組むバンドS'H'Yは、すべての大学入試が終わった日に行われる謝恩会で飛び込みでライブをする計画を立てている。以前にゲリラライブをした文化祭と違って、今回はちゃんとした場所で行われるため、大きくはめははずせない。そこで話題に上がったのがサラのクラスメートで、かつプロを目指して既に活動を始めている坂井湊人だった。
ギター、ベース、ドラム。さらに湊人のピアノが場を作るのに必要と三人は判断したのだ。
段取りはサラが担当しているのだが、そのサラが彼を誘うのには悠里しかいないと言って、悠里は疑問にも思わずにその役を引き受けたのだった。サラは、先日悠里が湊人に会ったということだけは連絡無精の悠里から聞き出すことができた。
「えとね――、車に乗っけてもらって、夜景見て、お茶飲んで……それだけ」
「それってデートやんか」
「それってデートって言うの?」
そもそもデートの定義を知らない悠里はあっけらかんとした顔で答えた。
「あんたに似合わず色仕掛けですか――」
「そんなんちゃうって」悠里は即座に否定して、ポテトに伸ばしたサラの手を叩いた。
「でも、難色は示さへんかったよ」
「はいはい」
呆れた顔でサラは頷く。
「あとはサラに連絡してって伝えたけど」
「わかった、じゃあこっちから連絡してみるわ」
「サラは坂井くんの連絡先知っとう?」
「まあ、同じクラスやからね」
お互い授業の先読みとヤマ張りで協力関係にあるから、サラにとっても湊人は大事なカードの一つ。サラは手を伸ばして、二つ並んだ携帯電話に手を当て、全く飾り気のない悠里の携帯電話を手に取った。
「あっ、そっちは悠里の」
「まあまあ――」
悠里もサラが自分の電話をとると思って全くノーマークだった。サラは取り上げた悠里の電話を操作してニヤッと笑みを浮かべた。
「ほぉ、一歩前進したかぁ」
「何がよ?」
感心するサラの真意がわからず問い掛けた。サラはその顔を見て彼女の鈍感さに冷やかな笑みがこぼれた。
「『坂井くん』が入っとうやん」
その名前が出た途端、サラには悠里の白い顔が急に紅くなるのがみるみるわかった。クォーターだけに肌が少し白いだけにそれがよくわかる。
「やめてよ、だから違うって」悠里はサラから電話を取り戻した「ほら、坂井くんはこれから連絡とることあるやろうから……」
そもそも母子家庭の悠里は家事や部活で忙しいので、携帯電話を持つのが煩わしいと思っている。アドレス帳に登録しているのはわずかだ。さらに異性となると彼女の兄を含めても片手で足りるのをサラは知っている。
そんな悠里が湊人を登録したのだから、サラは腹の底で弾ける笑いを目の前の紅い顔を見ながら押さえていた。
作品名:謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜 作家名:八馬八朔