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謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜

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 一頻り溜め込んでいた感情をだし終わると、3人は大学をあとにして同じ駅で降りて、そして晴乃は二人と別れたその足で高校に向かった。どうしても報告したい人がいる、それは家族でも、彼氏でも、担任の先生でもなかった。

 晴乃が立ち止まったのは進路指導室でも部室でも生徒会室でもなく、英語科の控え室。ここに報告をすべき人がいる。
 大きく深呼吸をして戸に手を掛けた。部屋には先生が一人しかいないのを確認して、晴乃は両手を上げてさっき大学のキャンパスで見せた顔を再現して見せた。

「郁さん、やりましたよっ!」
「っていうか学校では『郁さん』はやめろって……」
口ではそう言ってもにやけて喜びを隠せないのは三年の英語教師の千賀郁哉(ちが いくや)だった。悠里と健太のクラス担任であるが学校には言ってないもう一つの顔を持っている。

 表向きには真面目な2年目の若手の先生で卒業生でもある。もう一つの姿は、高校生の頃MMと悠里の兄の3人で組んでいたバンド「ギミック」の一員だった。今はプライベートで晴乃たちに音楽を教えながら活動の機会を模索していて、二人ともパートがベースで、上のきょうだいがいない晴乃にとっては良い兄貴分といった間柄だ。

 郁哉にとっても晴乃は自分のクラスの担任ではないが、晴乃の潜在能力を見越して一つランクの高い大学に挑戦するようアドバイスした、それが実を結んだのだから感慨深げで教え子の顔を見ていた。
「これで、3人とも決まったな?」
 郁哉が言う3人のあと二人は悠里とサラのことだ。悠里は一足先に一般入試で、そしてサラはそれよりも前に帰国子女枠で進路を決めている。郁哉の肩に乗るたくさんの重りの一つが取れるのが様子を見て分かる。
 
「で、先生。ちょっと聞きにくいハナシなんやけど……」
 晴乃は上目遣いで郁哉の目を見た。はにかんだ笑みを見て郁哉は眼鏡を取って目をつむり、大きく息を吐いた。
「何を――、聞きたいねん?」
晴乃は両手を合わせた。郁哉の仕草は頼みを聞いてくれる時のそれだ、晴乃は目を開いて一度先生にお辞儀をした。
「條原くんも今日、発表なんですよ――」
「直接本人に聞いたらええやんか」
「怖くて、聞けないんです――」
 担任の教師のもとには当然合否の通知が来る。健太のきもちにどう対応していいかわからず晴乃は先にその結果を聞きたかった。
「彼氏の合否を担任に聞くか、しかし?」学校では見せないちょっと呆れた様子でいうものの顔は笑っている「本当は教えたらアカンねんけど、他ならぬ妹分の頼みだ……、で絶対ばらすなよ」
郁哉の目が一瞬だけ本気の目になると、晴乃は思わず首が後に下がり唾を飲んだ。
 郁哉はファイルを見て数秒、それから晴乃の顔を見てどういった反応を示すか探っているように考えていた。
「どっちの結果を聞きたい?」
先生の意地悪な質問に晴乃は即答できない。通れば離ればなれに、そうでなければ親友と同じところへ――、最善の答えのない負の選択ということだけは悟られたくなかった。
「ええ……、どっちもどっちなんですよね。でも、通ってる方が、いいかな?やっぱり受験した以上」
「そうか――」郁哉の眼鏡が一瞬動いた「嘘は言わないけど、これは独り言やからな……」
 晴乃は目を大きく開けて、神経を耳に集めた。

「うん、通ってるな」 

郁哉が答えたと同時に晴乃のポケットで携帯電話がブルブル震えた