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謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜

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   * * * * *

 小さな文化住宅、桜花荘。悠里が母と二人で住む家は悠里が六年生の頃、両親の離婚により近くからここの二階の一室に引っ越してきた。

「ただいまー」
 帰宅すると家に人がいてもいなくても悠里はいつもただいまを言う。11も離れた姉に教えられたことを今でも守っている。それから部屋に入りコンタクトを外して眼鏡に代えて、冷蔵庫の側面に貼った伝言板を見るのが毎日のルーティン。母からの伝言はなく、いつもと変わらぬ様子だ。
「よしっ」
 確認を終えて部屋に戻ろうとすると朝から机上に置きっぱにしていた携帯電話のバイブ音が鳴った。悠里は電話を拾い上げ、画面を見ると一通のメールが届いている。 

  「前おるで」

「え?早っ」
 悠里は制服のまま玄関の外に出た。廊下の真下に、家と公園を挟んだ道路に止まった車とその横に大きな男の影が見える。風体だけならその大きさと威圧感に目を逸らしたくなるようなそれであるが、悠里はその姿を見て周囲を気にせず手を振った。
「ああ、MMぅ」手を振ると、男は手を振り返してきた「どないしたん?制服なんか着て。もうみんな待っとうで」
 男はキャップ帽を取ってツルツルの頭をひとなでした。

 MMと呼ばれる男は宮浦基彦(みやうら もとひこ)といい、ソロで活動しているが地元で新人の発掘とプロデュースもする、神戸では名の知れたミュージシャンであるが、その実は大学五回生で早々に今春の卒業は遠のいている。
 高校生の頃は、悠里の実兄である倉泉陽人が中心となって、MMと春まで悠里のクラス担任をしていた一つ先輩の千賀郁哉との3人で「ギミック」というバンドで活動をしていた。つまり基彦にとって悠里は仲間の妹という関係にある。
「学校、卒業したんやろ?制服で何しとう、コスプレ?」
 MMは悠里の胸元を指差した。
「あのねぇ、学校に入るには制服。月末までは肩書き高校生なんやから当たり前でしょ!」
悠里が上から叫ぶと二人で笑いだした。

 神戸を離れ、全国向けに活動をする陽人の代わりに悠里に音楽を教えたのがMMだった。見た目は兄と全く違って色黒で身長193センチの大男、それでも兄と似た考えをもつこのスキンヘッドの男は弟が二人いるためか意外と面倒見が良く、悠里は近くにいない兄の代わりを求めた時期もあった。
「ほらっ、行くで。早よ着替えといで」
 今日は神戸の中心街・三宮にある貸スタジオ「QUASAR」でちょっとしたイベントに向けて作戦を企てている。悠里ら3人で組んでいるバンド「S'H'Y」はMMの指導で活動していて、彼がプロデューサーとしての手腕が試される最初のユニットだった。そして、作戦を実行に移すにはこの大男の力が不可欠だった。
「はーい、ちょっと待っててね」
 悠里は元気良く返事をするとクルッと反転し部屋に戻った。

   * * *

 悠里はすぐに着替えを済ませ、防具一式をギターに変えて部屋から出てくるとMMの車に乗り込んだ。
「あのね、MM」
 悠里は大きな目を開いて笑いながら問いかける。性別が違うだけで見た目が兄とほとんど変わらない悠里の顔を見てMMはクスリと笑う。
「ああ、分かってますよ。チミらの魂胆は」

 悠里の高校では、恒例で毎年国公立大学の後期日程の試験があった次の日に市内のホールで謝恩会をする。高校の先輩でもあるMMももちろんその事を知っている。
 ただ、彼女たちの魂胆は恒例ではなかった。
「また、やっちゃうの?」
「――はい」溜めのある元気の良い返事が帰ってきた「でも今回はおとなしめに行くよ。今回はあたしたちだけとちゃうから」

 その謝恩会、悠里たちのバンドはステージに立って演奏する計画をしている。見た目に似合わず悠里たちの音楽はパンクやロック。これは音楽を教えた悠里の兄やMMの影響が強い、しかし謝恩会で演奏する類いの音楽でないのは言わなくても分かる。
「おとなしめ、ねえ」
 MMは冷ややかな笑みを浮かべた。自分の経験則でも謝恩会は厳かなので、悪ふざけ的なゲリラライブにはならないという算段はある。
「うん、もう一人、協力な助っ人用意しとうし」
「助っ人ぉ?」
 悠里が頷くと束ねた茶色い髪が縦に揺れた。
「坂井くんって、いたでしょ?こないだ『ブラックバード』で演奏した……」
「ああ、希代の天才ピアニスト坂井湊人その男か?」
もう一度髪が縦に揺れた。

 悠里の同級生に、プロを目指して夢に向かって突き進む少年がいる。それがMMのいう坂井湊人だ。
 ジャズピアニストとしてステージに立つ彼は進学校の生徒であるのに進学をせず、いつかは渡米することを夢見てライブハウスに住み込みで働きながら学校に通っていた異色の経歴の持ち主。具体的な目標が定まらないまま大学へ行く自分に比べてしっかりした考えを持つ彼には悠里だけでなく、在籍しているだけで宙ぶらりんの状態にある大学六回生になることが確定してるMMも尊敬に近い感心があった。

「現在交渉中やけど、坂井くんならやってくれる……と思う」
自信がないのか語尾が尻すぼみになる。でも計画をしていることはちゃんと伝えた。

「大体の計画と、俺の役目は分かった。そやけど、みんな進路決まったん?」
「それが……」
 悠里のバンドは三人で構成される。ギター兼ボーカルの悠里、ドラムスのサラ・フアレス(Sarah Juarez)。二人はそれぞれ進路が決まっているがもう一人、ベースの牧 晴乃(まき はるの)だけが未だ進路が決まっていない。
「逆やと思たんやけどなぁ、進路の状況」
「それどういう意味やねん!」
 悠里はすかさずつっこむが顔は笑っている。それは互いに晴乃の力量を理解しているからだ。
 三人の中では晴乃が一番学力が高い。しかし2月の大事な時期にインフルエンザにかかってしまい、滑り止めで受けた大学は軒並み失敗し、後がない状態だ。本来はできるのにプレッシャーにはすこぶる弱い。悠里としても、何とかして仲間を元気付けたい気持ちは多分にある。だけど進路が決まって落ち着いた立場からでは逆に癇に触るかもしれないので、自分が合格通知をもらってからのおよそ半月、晴乃とは中々会えないでいた。

「ルノさん心配やな」
MMは関西イントネーションで晴乃をあだ名で呼ぶと、悠里が語気を強めてハンドルを握るMMの左腕をつかんだ。
「大丈夫やって、明日は必ず朗報が来ます!気持ちで負けたらアカンの!」
 まっすぐなで色の薄い悠里の瞳に凄まれてMMは何も言い返せなかった。

 悠里はクォーターで、厳密に言うと日本人ではない。見た目では分からないが、内面ではそのことがコンプレックスとしてある。それだけに日本の武道をたしなみ、人一倍武士道を実践しようとするきらいがある。兄の陽人とは方法は違うが考えが人とは境遇が違うだけに芯が強いのは認めるところだった。

「そうやったな、ごめんごめん」
 MMは丸い頭を撫でながらサラと晴乃の待つスタジオに向けハンドルを回した――。