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謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜

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一 倉泉悠里



 3月、卒業生がいなくなった学校は一見静まったように見えるが、裏の山は気温が上がるにつれて緑の服をまといだし、校庭の桜の木は自らを主張できる最適の時期に向け着実に準備を始めている。
 その桜の木のすぐ脇に立つ道場の中からは元気な大声と、床を踏みつける音が扉を通して漏れてくる。
 先月までここの高校生だった悠里は、卒業後も高校に通っていた。授業に出るわけでは当然ない。ここでお世話になった剣道場で後輩たちの相手になるためだった。

 竹刀と防具があればどこでも稽古できるのが剣道のルール。悠里は自分のためというより後輩たちに頼まれて、時間のある時はこうして道場に来ている。私立の強豪校とは違い、年度の合間のこの時期は一人でも多くの元立ちが欲しいのは自分が先日までその立場にいたからよくわかる。卒業した今でも伝えたいものが悠里の心にあったから、時間の許す限りは元の高校生に戻っていた。

 後輩たちに次々に稽古をお願いされ、それが終われば息つく暇もなく生徒たちの打ち込みを受ける。すべての打ち込みを受けおわると、今度は悠里が鋭い目を光らせて息の続く限り打ち込みを続け、最後の一息で声を振り絞って吐き出し切り返しを打った。

「蹲踞(そんきょ)ーーーーっ、収めーーっ、刀(とう)」

 後輩の号令で一斉に竹刀を構えて蹲踞して、立ち上がり礼をすると各々の着れ切れになった呼吸の音が道場に広がる。

「着座ーーーっ、姿勢を正して、黙想ーーーっ!」

 悠里は上座(正面)に座り、開いた引き戸の向こうの芽吹き始める桜の木をバックに手を結んだ。こちら側に座ると、自分はここの高校生ではなくなったのだと実感し、思うところが頭を巡る。

 悠里たちは神前に、そしてお互いに座礼をすると先ほどまで大きな声と音がした道場は水を打ったように静まり返った――。