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謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜

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 悠里と晴乃はサラと湊人より一足先にスタジオに入った。打ち合わせといっても定番の曲をカバーするだけなので、譜面はあるし飛び入りでも出来る。しかし、まとめなければならないのは音ではないことは二人ともよく分かっていたし、バンドをまとめるのは晴乃の役目だった。
 しかし二人でいると悠里との間に明らかに溝があるのが見える。それを取り払わないことには謝恩会どころではないことはよくわかっているだけにぎこちない話題しか上がらず時間だけが経つ――。

「悠里」
 ジャカジャカと無作為にギターをかき鳴らす姿に晴乃は問いかけると、悠里は手を止めて晴乃の顔を見た。アンプから余韻が響いて聞こえる。
「二人になるのって、いつぶりやろうね?」
「会うのも発表の日以来やね、そんで二人になったんはホンマ久しぶりやね」
 ぎこちないやり取りに悠里は左手を弦に当てて、散らばって広がるだけの音を一気にかき消すと、さっきまで緩んでいた眉が微かに鋭くなった。

 晴乃は悠里のその瞳を覗き込むように見つめた。眼鏡の奥の薄茶色の瞳、いつもと変わらず嘘がない。ふざけた時と違って全く泳がない、道場にいる時のような目をしている。晴乃は自分のしていることが完全に読まれていると思い、言葉を探すが適当な言葉が見つからず自分の方から視線を下げた。

「晴乃」逸らそうとした目は、名前を呼ばれて戻された。
「進路、良かったね。改めて思うけど、ホンマに良かった。めちゃ心配してたもん、ウチらのブレーンだけに」
「そやけど悠里かて……」
晴乃はこぼれた本音を片付けようとしたが、悠里の目は晴乃を捕らえたまま微動だにしない。気まずくなって晴乃はまた下を向いた。
「間違えたら、アカンよ」悠里は眼鏡に手を当ててはにかむ「あたしは、ルノほど賢うない」
悠里はまだ空いているドラムの椅子に座った。
「あたしも、いっぱいいっぱいやってん」
「いっぱいいっぱい?」
 晴乃が繰り返すと、悠里はネックに注目しながら止めていた弦を再びかき鳴らした。
「あたしも進路、色々考えた。それと、住むところも」
「住むところも?」
「そう――」
雑然と鳴るギターの音は次第に曲になって行く
「お母さん、近々ヨリ戻すねん。だから、いずれアメリカのお父さんところへ行くと思う。なんで進路も、家も、これからのことも、やることいっぱいありすぎてワケ分からんかったわ」
 笑う悠里の顔に晴乃もつられて微笑み返した。晴乃は、彼女がまとまらない自分についていつも考えていることをよく知っている。

「進路の選択肢はいっぱいあった。アメリカのお姉ちゃんとこか東京のお兄ちゃんところに行くことも考えた。やけどそれも時期尚早やし費用、かかるやんか……。で、自分で自分の進路を決めた結果がこれ。あたしは神戸に残るねん」
「悠里……」
「あたしは、受験で力の限り出し尽くした。あくまで悠里的基準なんやけどね」
 悠里はニコッと笑みをこぼした。晴乃は珍しく力説する悠里と目を合わすことができなかった。

 母子家庭で育った彼女は、出張の多い母に不平を一切言わず家庭を切り盛りしている。学校では毎日部活に励み、自前で弁当だって用意していた。そして自分の近未来を自分で決定付けた。晴乃が見る限り、そのどれもに手を抜いていない。
 彼女と比べて自分は周囲の大きなアシストがあって、自分の身の振り方など全く考えることなく受験だけに集中できた。悠里の奏でるソロの部分が晴乃の中に到達し、しっかり者として見られてる自分が少し恥ずかしくなった。

   * * *

「それと、ひとつハッキリさせとくよ」
「何を……?」
「篠原君のこと」
 動きかけた晴乃の手が止まった――。

「篠原君が毎日道場通うのは、邪念があるから。篠原君はよく剣が迷うねん」
「そんなことまで分かるん?」
 悠里はしっかり頷いて

   「剣は心なり、心正しからざれば、
    剣また正しからず」

と剣道訓を唱和した。竹刀に気持ちが乗る以上、悠里は稽古相手の精神状態が分かるという。
「篠原君、今はずっとルノのこと考えてるから竹刀もグルグルやねん」左手で指をグルグル回して、迷っていることを表現する「何回も言うけど、篠原君のことはあたし、ルノよりよう知っとうかも知らん。でもそれは同士であって同性として持つ感情みたいなもんやから」
 以前も同じことを言ってたことを思い出した。確かその時は次に悠里は「交剣知愛」の話をした。あの時は二人の関係をそのようなものとして認識していたはずなのに今はそれが理解ができない、同じことだというのに。
「あたしは晴乃を裏切ったりは、しない」悠里の顔から笑みが消えた「あたしは、篠原君とは付き合うとかはしないとルノには誓ったはず。もし裏切ったのなら、あたしは自分の潔白を証明するのに自らの腹に刃を当てる」
 悠里はそう言って左の握りこぶしを自分の腹に当てて、晴乃に見せた。晴乃は彼女の大きな瞳に捕らえられ、視線すら動かせない。

「悠里――」 
 晴乃の口から彼女の名前が漏れると同時に、後ろで防音扉が開き、二人は同時に注目をした。扉の前にはサラともう一人、久しぶりに見る男子が立っている――。