謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜
晴乃がQUASARに入ると、フロントにいるMMの黒い頭が嫌でも目に入る。そして彼の前には二人が並んで談笑していた。
晴乃は目を擦ってその二人をもう一度凝視した。だぶって見えるのではない、そこにいるのは悠里と見た目がそっくりの悠里の兄、陽人がいるからだ。ダボダボの上着にジーンズとスニーカー、たぶん狙った訳ではないだろうがペアルックみたいになっている。
「お疲れ様です!」
晴乃はじめじめした気分を吹き飛ばすつもりの大きな声で挨拶をすると、3人の会話がパタッと止まり一同の視線が晴乃に集まる。
「よう、」
「あ、お久しぶりです」
最初に返事をしたのは陽人だった。晴乃は改めて元気よく挨拶をした。
晴乃は悠里の兄、倉泉陽人ことGreg Kuraizumi率いるバンド「NAUGHT」の大ファンであって、今までの価値観が変わったとまで言う。妹の悠里のおかげで憧れのミュージシャンは近い存在となったが、テレビでも見られるような人物だけに会うと緊張する。
「こっち(神戸)、帰ってきたんですか?」
「そうやねん、今日は宮浦とラジオの収録あってな」
「二人で?」
ならんで腕組みする基彦と陽人は頷いた。
「『高村 要のラウンド・ミッドナイト』って番組知っとう?」
「あ、こないだライブ見に行きましたよ!それで悠里が飛び入りで参加して……」
「そうらしいね、今そんな話してたんよ」
陽人は腕を組んで笑っている。
今からひと月ちょっと前、晴乃たち3人がひょんな縁で話題の上がった高村 要がボーカルをつとめるライブを見に行くどころか、成りゆきで悠里が参加まですることがあった。
「わぁ、スゴいな。ラジオ出演ですか?」
「ああ。要さんがその時俺を見つけてよ」
「そりゃMMデカいから」
身長193センチの巨体が笑う。
MMの話だとあのライブのあと、共演した悠里に興味を持った高村 要は同じくプロとして活動するMMが引率でいるのを見つけて質問をしたことに始まったようだ。そして彼女の正体がGreg Kuraizumiとして活動する陽人の実妹であると知り意気投合し、高村から二人に出演のオファーが来たという流れらしい。
「ま、そういうことよ。これから仕事やねん」
陽人は手を前に出して晴乃にバイバイの合図をして足を外に向けた。
「妹をよろしくな。ちゃんと面倒見たってね」
「お兄ちゃん、ラジオで要らんこと言わんとってよ」
陽人とMMは高笑いをしながらスタジオを後にした。かつては同じバンド「ギミック」で活動した二人は解散した後も仲は良い。
作品名:謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜 作家名:八馬八朔