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謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜

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 健太は他の部活も賑わう学校をあとに校門を抜けて一人、港の見える坂をとぼとぼ下りて行く。その坂の最初の交差点。進行方向の目先に営業用と思われる白いバンが路側に斜めに停車していて、免許をまだ持ってない健太にもそのへたくそっぷりにどうしてもそれが目に入る。それを避けようと横に足を向けると、バンの横に知った男が立っていた――。
「おう、坂井やんか」
「お、篠原」
 車の主は同級生の坂井湊人だった。湊人は居候先のマスターに車を借りて、ここまで車で来ていた。先月卒業して以来久々の学校に湊人の中ではもう懐かしい気持ちで坂上の校舎を仰ぐ。湊人は進学しないと決めたので学業と呼ばれるものに終止符を打ったからその気持ちは尚更だった。

「ヘエ、車乗って来たん?やるなぁ」健太は湊人の返事を無視して車に手を触れた「エエなあ、車」
 そう言いながらフロントの初心者マークをニヤニヤしながら付けたり剥がしたりして遊び出す。
「やめろやぁ」
それがふざけているのが分かるから、お互いに声を出して笑いあった。
「学校まで何しに来たん?」
「そうそう、篠原に聞いたら分かるよな。倉泉は一緒じゃないの?」
「倉泉?」
 目の前にいる湊人、そして名前の出た倉泉悠里、二人ともよく知っている同窓生ではあるが、二人をつなぐものは健太にはまったく分からず思わず声が上擦った。
「来てないの?大概は道場来てるって言ってサラに聞いたから」
 用件は分からないけど別に隠すことがない。健太は防具を担ぎ直して笑顔を作った。
「今日は兄ちゃんと出掛けるってよ」
「兄ちゃんってグレッグのこと?」
 健太は小さく頷いて携帯のメール画面を見せた。

   今日はお兄ちゃん帰って来とうから
   稽古はパスよろしくね。

 今日の朝、悠里に稽古のことを聞いたら東京にいる兄が神戸に帰っていると湊人に答えた。
「あいつ、お兄ちゃん子やから、帰ってる時はよう一緒におるねん」
「そうか……」
 湊人はそれでおよそ分かった。直接あったことはないが悠里の実兄、倉泉陽人はGreg Kuraizumiとして頻繁ではないがメディアに見られる存在で、兄といるということは既にQUASARの近くに行っているということだろう。複雑な家庭環境で育った悠里にとってきょうだいは大きな存在でることは短く話した中でもよくわかる。

 湊人は健太に手でお礼を言って運転席に回ろうとすると健太に手首を捕まれた。剣道部の主将だけに虚を突いて動きをとらえるのが上手だ。 
「それよりよ、坂井ぃ」
「何だよ?」
 健太は手を離すとニヤッとして、離した手を湊人の肩に手を置いた。
「ちょうどエエや。乗っけてってくれよ?」
 湊人のため息、しばしの沈黙。そして二人は笑いあった――。

   * * *

 湊人は助手席に健太を乗せて、神戸の東、御影にある健太の家に向けて車を進めた。目的地とは逆方向ではあるが連れの頼みに断れず、それもまた面白いかなと思うのはハンドルを握る湊人だけではなかった。
「いやあ、楽チンやね。車って」
後部座席に防具を乗せて助手席でふんぞり返る健太は湊人に感謝をしていると口では言うけど、態度はそのように見えずお互いに笑った。
「横に乗るのは俺じゃアカンか?」
「いや。正直一人で運転するのまだ怖いんだ」
「ってことは倉泉を乗せるつもりやったんや?」
 健太に虚を突かれ何も返せない湊人。健太の横顔を見て後悔の念が浮かぶ。
「わぁ、乗せてもらってウチめっちゃ嬉しい」
間を置かず健太は横で悠里の口調をモノマネして湊人の本音を言うと、湊人は思わず急ブレーキを踏み、二人の体はは大きく前にノックした。
「あー、ビックリした」
「お前が余計なモノマネするからだろ!」
 前後に車も歩行者もいない。一息ついた健太は車内で大笑いした。
「なんや、坂井は倉泉のこと気になっとうんか?」
 返事がない。健太は湊人を完全に掌に乗せて遊んでいた、明らかな初心者相手に当たらない一発を打たせて、いつ自分の得意を打ち込むかじわじわ追い込んでいるような調子だ。

「それは……、同じ音楽仲間としてだな」
「否定しなくてもいいって」
 前の信号が青に変わっても車は発進せず、後ろの車にクラクションを押された。

「あいつは、いいヤツだ。何よりも不義理を嫌う」
 ハンドルを握ったまま湊人は左を向いた。親友の言葉に嘘も曇りも見られずに、自分の事を考えると目を合わせられない「俺も、そんな倉泉の考えは、好きだ。日本人というか、サムライみたい。アイツは厳密には日本人じゃないから人一倍そうであることに努力しとるねん、日本人なのにさ。だから倉泉とは、異性でなければ親友になった」 
 最後の言葉が湊人の耳に強く残った。信号待ちの間、悠里の後ろ姿が一瞬だけ頭の中に浮かび上がった。
 誰もいない高校の音楽室でピアノを弾いていたところをじっと見ていた彼女が気になり、湊人も逆に道場で稽古している悠里の姿が浮かんだ。面を付け、竹刀を構え真っ直ぐ伸びた背筋、そして一つに束ねた長い焦茶の髪に、複雑な血筋と環境の中でも確かな静寂が見えた気がした。

「異性でなかったら親友か……」車が発信すると「おっ、そこ左で」と健太に言われ車を左折させる。
「いい、言葉だな」

「そやろ?」健太は背もたれから跳ね上がって湊人に指を差した「そやけど、ルノには理解されんのや。いわゆる『交剣知愛』ってやつを……」
 そう言うとすぐに助手席にもたれかかった。機敏で入れ変わりの早い動きを見て湊人には健太が見せた一瞬の隙が見える。
 
 家の前で車が止まると、健太はぴょんと体を起こして後ろの荷台に置いた防具と竹刀を手際よくおろして運転席に回り込んだ。
「ありがとな、今度お返しに俺が免許取ったら横乗せたるわ」
「っていつ免許取るんだよ!」
 二人は互いに指を指して確認する、それが別れの挨拶である。

 背中を向けて一歩前に出たところで健太に振り返った。
「それと――」運転席に座ったままの湊人にもう一度指を差した「参考になるかわからんけど、倉泉は近づこうとしたら絶対に振り向かへんで。アイツは、自分に一生懸命な人が好きやねん」

 そう言い残して健太は狭い路地に入って行った。離れて行く背中を見ながら湊人は学校からここまでの短い間の会話を頭の中で繰り返した。彼の姿が見えなくなると、口元が自然ににやけ出した――。 

「参考に、なったで――條原」

  * * *

 湊人は携帯電話を開けて時間を確認すると、ちょうどいい時間を示してる。画面を見ていると申し合わせたようなタイミングでピアノのメロディが流れ出した。着信音だ、湊人はその主を見て大きく深呼吸してからボタンを押した。
「hello?」
「hello, this is Sarah. where you now?」
「Amm,I'm at Kenta's house.」
「Yeah, so can you pick me? I'm home.(だったらあたしを拾てってよ?家におるねん)」
 湊人は渋々返事をして電話を切ると、思わず声がこぼれてしまった――。

「俺をパシりにするかぁ?」