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謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜

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四 條原健太



 道場は今日も大きな声と踏み込む足の音が響いては外に漏れる。卒業生の篠原健太は今日も後輩に頼まれて元立ちをかって出た。
 一応第一志望とした地方の国立と滑り止めの地元、二つの大学に合格したが、どちらへ進学するか迷っていた。かかる費用、学校の規模、学生数、卒業後のネットワークや就職、どっちにもメリットがあって捨てがたい。
 彼女の晴乃は地元の大学に進学する。それも健太の頭では到底及ばないレベルの――。国立に落ちていれば同じく剣道仲間の悠里も進むことになっている地元の大学にすんなり進学できたのだが、意外にも合格してしまったために悩みの種が増えてしまった。
 悩みがあれば剣は迷う。今日はそれが分かっているから悟られないよう後輩たちの竹刀を受けるに徹していた。

   * * *

 健太は今日、早めに学校に来て担任の千賀郁哉先生に相談をした。兄くらいしか年の離れていない担任は冷静な回答をくれる。
「どっちにもメリットはある。この先どんな学生生活をして、どこに就職するかを考えないとアカン。国立(下宿)は学生の質は良いし一人で自由やけど地方だけに生活の選択肢が少ない、地元なら知名度とOBが多いのがウリやな」
そういう先生は首都圏の大学を出ている。下宿のメリットはあったが、金銭的に楽ではなかったと正直に言う。
「で、篠原は大学で何をしたい」
の質問に、自分なりの答えを考えた。

 自分がしたいのは目先のことだ。剣道と、仲間と遊ぶこととそして――、彼女だ。そして家は裕福な方ではない、3歳上の兄は先生と同様に首都圏の大学に通っているのも考慮する点の一つだ。
「俺は、今を充実させたいです」
「そうか」そう答えると先生は微笑んだ「なら、自分で最後の決断をすることだ。そうすることで次の4年は必ず道が見える」
「はい――」
「で、入学金の納付もう日がないぞ、トコトンまで考え抜いたらいい」
 結局本心の本心は言わずに健太は道場に戻った。だが、凡そ心の中では決めていた――。

 質実剛健を旨とする剣道部の主将が女を理由に進学先を決めた、もしくは悩んでいるなど年の近い兄のような担任にはどうも聞きづらい。やがて健太は悩むのが億劫になり、無心になれる時間を道場に求めていた――。

  「着座ーーーっ、姿勢を正して、黙想ーーーっ!」

 今日も稽古は終わる。戸の外にある桜のつぼみは少しだけ赤らんでいるような気がした。