謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜
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就寝前のひと時、サラはベッドに座り携帯電話のリストをザップした。Aから続くアルファベットの羅列――、サラの携帯電話にある情報は自分の存在感を示している。基本的に日本語がない。日本語で困ることはもうないが、日本語で対応することそのものに少しの体力を消耗する。悠里もそれを知っているからサラが英語で話す時はそのまま英語で対応する。それを脇で見ていた日本人の晴乃も自然に英語を勉強した。
「mmmmm……」
下唇を噛みながらMのリストのところで手が止まった。MMの一つ上にあるのは湊人の名前、サラは反転した湊人の名前のところで発信ボタンを押そうとすると、偶然に湊人本人から電話がかかってきた。
「hello this is Sarah」
「わ、わ……ハロー、アイム サカイ」
「Do you have a time to talk with me?」
電話の向こうから明らかに慌てた声が聞こえた。サラは彼にも悠里たち同様電話をする時は最初は大概英語でする。
サラの母語は英語だ、家では基本的に日本語がない。湊人は彼女の家に電話をしたときに日本語がわからないサラの父が出てきたことでよくわかっていたが、構えていてもどもってしまう。
「Yuri said to you something, don't you?(悠里は何か言ってた?)」
「Amm……、Kuraizumi told me call to you(ああ、倉泉はサラに電話してくれって)」
「ああ、謝恩会ね」反射的に返ってきた湊人の英語のフレーズ、サラはそれを聞いて日本語に切り替えた「悠里から聞いたんやけど坂井くん、参加出来るって?」
「あ、ああ――。頼まれたら、なあ。学校には一応世話になったわけだし……」
一瞬だけ遅れて返事が帰ってきた。言質を取ったサラは小さく拳を作ってにやけた。
「それより、みんな進路決まったの?」
「うん。晴乃も試験通ったって」
「わーお。やったじゃん。これでS'H'Yも本格再始動出来るな」
「そう、なので我々の計画は実行することになりました」
「で、何すればいいの?俺は」
「MMが設定とかすべてしてくれるから、あたしたちは演奏するだけ。基本は用意しとうけどほとんどアドリブで、曲目は後でメールするね」
意外に乗り気な湊人にサラも気持ちが弾んできた。学校ではどちらかと言うと大人びていてあまり会話を好まない湊人が珍しく言葉数が多いので、そのまま話を続けた。
「それより、計画を実行する前に確認したいことがあるねんけど」
「なになに?」
サラの目は大きく開かれた。いずれ湊人の方から話題を持ちかけて来るよう仕向けた作戦がヒットしたからだ。話題は聞かずともおよそ想像ができていて、おもしろいあまり受話器を一瞬塞いでケタケタ笑っていた。
「倉泉っていつ連絡取れるの?こないだやっと連絡出来たんだけど『基本携帯持たへんねん』って」
サラは「ほら来た」の顔をして舌を上に上げて出した。
「悠里?、ああ。アイツの家母子家庭で毎日忙しいからねぇ。そんで携帯よう忘れるんよ。学校もそうやったけど道場行く時は持っていかへんから、持つ習慣身に付いてないねん。とにかく忘れっぽいから……」
「ああ、そうなんだ……」
受話器の向こうから冷たい笑いが聞こえてきた。湊人の目にはしっかりしてそうな気になる同級生は、サラの話ではそうでもないようだ。意外と言うか、真実と言うか、そんな悠里の一面を知って表した顔とは別に少し嬉しい気もした。
「だから、連絡取れなかったら道場行ってるかもよ。あいつ、稽古だけは忘れずにマメやから。まあ、その保証もないけどね」
サラは電話の向こうにいる湊人の様子を窺うように間を置いた。
「家にかけたらいるよ。番号教えようか?」
「いやっ、家かけても違う人出たら気まずいし……」
予想通りに現れた湊人の本音にサラは声を殺して腹を抱えた。
「悠里のこと、気になる?こないだデートしたんでしょ?」
「えっ?」今度は明らかに裏返った声が形になって聞こえた「気になるとかならないとかでなく……。何つうか、ステージで歌うの倉泉じゃんか、やっぱり打ち合わせは……」
サラは我慢ができなくなって受話器に手を当てて急にしどろもどろになる湊人の言葉に吹き出していた。
「とにかく、電話が繋がらない時は学校行けばいいんだな?」
「ああ、そうよ。あたしが言うのもアレやけど、悠里は笑うくらい裏表ないから、そのまんまやから」
「そんじゃ、俺も時間ないんだ。それと、こないだのアレは何つーか、デートじゃないからな。じゃな!」
逃げるような早口で電話が切れた。サラはその理由がハッキリト分かっているので敢えて追っかけたりしなかた。
「『時間ない』って、話もち掛けてきたの坂井くんやんか――」
電話を切るボタンを押すと、サラはさっきのことを思い出し思わず笑い出した。
作品名:謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜 作家名:八馬八朔