黒闇抱いて夜をゆく 後編 探偵奇談7
遊歩道を登り、山頂にある天狗神社に辿り着いたころには、辺りは夕焼けに包まれていた。乞いオレンジに染まる境内を過ぎ、池を目指す。
粉々に砕かれた石を、天狗池にぼちゃぼちゃと沈める。そのときぎえええ、ぎえええ、という苦悶の声が水底から聞こえたが、颯馬は気にも留めずすべての破片を沈めて満足する。
「いっちょあがり」
その刹那。
ごん、と強い風が吹いて、木々がざわざわと鳴いた。静かだった池の水面がざざざと坂巻き、荒れた海原のように騒ぎ立てる。
「ああ、来たの?」
背後に、気配を感じる。誰かが立っている。誰かは、振りむかずともわかっている。異様に大きいそれは、さきほどまで水面を照らしていた夕日をすっかり影へと変えている。
「瑞くんは、そんな悪い子じゃないよ」
颯馬は徐々に静まっていく水面を見つめたまま背後の「それ」に言葉を紡いだ。「それ」は濃厚な気配だけを放出して、ただ立ちはだかっているようだった。
「運命っていうのは、神様からの贈り物?重荷?まあなんでもいいけど、一方的に与えられるものに抗うからこそ、生きてることに価値や意味があるんだよ」
伊吹と瑞。
遠い過去から絡まり合ってきた因縁の魂。
「だからもう、俺は見守ってあげよっかなって。たぶん今世がラストチャンスだ。あの二人、どんな未来を選ぶかな」
颯馬の「報告」に満足したのか、一陣の風を残して気配は去った。夕焼けが戻ってくる。さざめいていた木々はもとのようにそよぎ、颯馬に影を落としていた。
作品名:黒闇抱いて夜をゆく 後編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白