黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7
いみご様
特進クラスのある校舎に入るのは、二年の伊吹にとっても初めてのことだ。七時を過ぎて、当然誰もいない。事務所に明かりが灯っているので、見つからないように静かに階段を登る。着いた先は、依頼人である天谷颯馬の在籍する1年11組だ。聞けば21人という少人数クラスなのだとか。机と机の間隔が広く、教室後方のロッカーも広々使えるらしい。うらやましい話だと伊吹は思う。普通科コースの伊吹にとっても、特別進学クラスは未知であるから、颯馬の話は興味深かった。
整然と並ぶ机。当然だが誰もいない。窓から月明かりが差し込み、ぼんやりとした明るさの中に、郁、瑞、伊吹が並び、颯馬の話を聞く。
颯馬は、自分の席だという窓側の机に腰掛け、語り始めた。月明かりに青白いその顔には、あの微笑みを張り付けたままで。
瑞に相談があると言い弓道部までやってきた、軽薄そうなこの後輩。なんというか憎めない性格をしている。どっちかといえば不真面目そうなのだが、愛嬌があるからか教師からもかわいがられるタイプだと思う。それにしても、どいつもこいつも後輩の癖に背が高くて腹ただしい伊吹だ。こいつら何食ってんの?
「特進クラスにだけ伝わる怖い話があるんだ。『いみご様』っていう」
いみごさま、と颯馬以外の三人の声が重なる。なんとなく、不穏な響きの言葉だった。
「この学校は、裏山の天狗や狐、地蔵や童子に守られているのは知ってる?」
「ああ。沓薙山の四柱様だろ?授業で習ったよ」
瑞が答える。加えるなら、伊吹は瑞とともに地蔵にまつわる不思議な経験もしているし、狐に関しては多くの生徒が信じている。
「その四柱様の仲間入りできなかったのが、いみご様。この学校のどこかに、絶対に拝んではいけないいみご様の祠があるんだって。知ってる?」
伊吹らは首を振る。初めて聞いた。拝んではいけない祠…。
「いみご様は祟るから。怖い神様なんだって」
「それが、このクラスとなんの関係があるんだ?」
月が雲に隠れたようだ。微笑んだままの颯馬の顔に、闇がかかっていく。
作品名:黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白