黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7
好きになれたひと
桜が散り。蛍が飛び交い。雪が降っている。もみじがちらちら落ちてくる。
四季の入り混じった世界に一人、瑞(みず)は立っている。
(なんて綺麗なんだろう…)
大きな鳥居の石段の先を目指しながら、瑞は美しい光景に目を奪われている。大きな月が木々の隙間から鮮やかな光を落とし、まるで昼間のように明るい。現実世界には絶対にありえない光景だ。限りなく、常世に近い場所。
石段は続く。瑞は、その上を目指す。何度、この夢を見ただろうか。だが以前と違うのは、そこに見知らぬ人々がいることと、瑞の手をとり隣を歩く者の存在だ。
(このひとは…)
瑞の手を、まるでわが子を連れて歩くように繋ぐ老人。沓薙山で出会った。和装で、優しい横顔をしている。もう俺高校生なのに手を引かれて登っているなんて、という気恥ずかしさが沸いてくるとともに、この老人に強烈な親しみを覚えている自分がいる。こうやって手を繋がれて、このひとと歩いたことがあるのだろうか…。
そして、石段を登るにつれ、ところどころでひととすれ違う。
小柄な美しい老女。
勝気そうな女子高生。
小学生くらいの女の子。
利発そうな青年。
その誰もが、瑞に柔らかな、親しみをこめた表情を向けている。しかしみな一様に、寂しそうなのだった。まるで、遠くへ行ってしまう自分を見送りにきてくれているようだ。これから死出の旅路に向かう自分を、見送る人々。瑞は老人に手を引かれて石段を登りながら、そんなことを感じている。
やがて石段の上に、見慣れた伊吹(いぶき)の姿が見えてくる。花と雪の舞う石段の上で、彼もまた寂しそうな表情をして笑っている。
「先輩…」
呼びかけるが、何も言わず佇んでいるだけだ。どうしてそんな顔をしているのかを、瑞は知っている。この先に行けば、もう二度と会えないから。永遠に失ってしまうから。
失うことが、伊吹の役目なのだ…。それなのに。
「…どうして、笑っているの?」
伊吹はなおも笑っている。困ったように、今にももう泣き出しそうな表情で。
「おまえが、笑っていてって。最期の瞬間までずっと、笑っていてって、そう言ったからだよ」
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作品名:黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白