太平洋の覇者
そこも異様な場所であった。2層からなる指揮所は上部中央に艦長が座し,その両脇を挟むようにして右側に航海長,左側に砲術長の席がある。その下の階には半円形に席があり,通信長等が陣取っている。それぞれの席の前には多数のパネルがあり,次々と画面がスクロールしている。この時代,まだ欧州ではようやく初歩的なブラウン管が発明されているが,この艦橋のそれは平面状の板面に画像を直接表示させている。しかも色付きである。液状結晶化電子画像標示装置―――後に液晶ディスプレイと呼ばれる物が装備されているのだ。
この統合戦闘指揮所には10名程度の人員が常時駐留することとなっているが,驚くべきことに女性の姿をみることができた。そう,大日本帝国海軍は世界でも珍しい女性軍人が在籍している軍隊であった。
「艦長,現在速力8ノット,「長門」との距離300mを維持。機関出力は15%です」
よく通る,透き通るような声が航海長から届いた。
「よし,現状を維持。砲術長,砲撃準備の方はどうだ?」
艦長,有賀幸作大佐は自身の表示板の数値と照らし合わせながら,砲術長黛治夫中佐に問い掛けた。
「万端です。いつでもいけます」
「よろしい。では間もなく始まるぞ。皆,陛下の御前である。日ごろの訓練の成果を十二分に発揮し,帝国海軍の恥とならぬよう努力せよ」
有賀の声は艦内を駆け巡り,乗組員は威儀を正した。
「無理だ。あたるはずがない」
マクドナルド少将は頭を振った。
日本の新鋭戦艦「アマテラス」が3万m離れた標的に砲撃を行うというのだ。それも1門の砲でだ。
その標的は5m四方の鋼板で,厚さ600ミリの物を2枚重ねているという。つまり1200ミリの鋼板である。
「仮に命中したとしよう,だがそれを撃ち抜くことなど無理だろう。そのような砲など日本に作れるはずがない」
「ですが,彼らはそれを用意しました・・・それなりの自信があるということでしょう。世界の目の前で恥をかくなどしないはずです」
マッケンジー少佐の言葉に,尚もマクドナルド少将は反論する。
「1200ミリを貫通する・・・そのような砲など,存在しない。仮に存在したとすれば,それは世界の軍事バランスを崩してしまうだろう」
その頃の「天照」艦橋―――
砲術長、黛治夫中佐の戦いはクライマックスをむかえようとしていた。
「索敵電探を射撃モードに変更・・・・索敵照射開始。・・・・標的との距離、30000。」
黛の声に応えるかのように下部補助席の操作員が声をだす。
「電探を索敵から射撃モードに変更・・・地球自転誤差修正・・・・完了。風速、大気温入力完了。大気流動の計算始めます」
また別の操作員が報告を挙げる。
「主砲弾装填完了。砲身の消磁完了。砲身温度、射撃に支障なし」
黛は頷いた。
「よし、主砲、射撃準備」
「主砲射撃準備開始。主電源接続」
「主電源、接続完了。予備電源接続待機よし。主砲射撃機構に通電」
「通電開始。容量は100%、10メガワット・・・・通電、異常なし」
「主砲射撃準備完了」
主砲操作員の言葉を待って、黛は艦長へと報告を送る。
「艦長、主砲射撃準備完了しました」
艦長有賀耕作大佐は声を張り上げる。
「1番砲、撃ち方はじめ!」
「1番砲、撃ち方はじめ」
黛は主砲射撃用電鍵に手を伸ばした。
「それで、命中したのかね?」
アメリカ合衆国の象徴である白亜の建物の大統領執務室で、第32代大統領フランクリン=D=ルーズベルトは、不機嫌を隠すことなく眼前に立つ男達へと声を放った。
「命中、です大統領閣下」
威儀を正してそう報告したのは、合衆国海軍艦隊司令長官兼海軍作戦部長であるアーネスト=キング提督であった。
「98400フィート先の標的にかね?」
「はい。しかも続く4標的にも見事命中させました」
「見事・・・・そう、見事だ!命中率100%。君はそんな事をジャップがやりとげたと、そう言うのだね」
「はい。間違いありません。これが・・・・」
「先ほど見たよ。中心点をずれているものもあるが・・・命中だ。しかも貫通しておる。この鋼鈑の厚さは何インチだったかね」
大統領は手元にある写真を人差し指で叩きながら質問を続ける。
「47.24インチです、大統領閣下」
「47.24インチ・・・素晴らしい!実に素晴らしい! 98400フィート先の47インチの装甲板をただの一撃で撃ち抜く。まったく素晴らしい・・・・狂気のさただがね」
キングは口中に溜まった唾液を飲み干した。その音がやけに大きく感じられた。
大統領はもう1枚の写真に手を伸ばした。
「実に美しい艦じゃないか。名前は何といったかな」
「『アマテラス』です。続く2番艦が『ツクヨミ』と」
「大きさは?」
「公式の発表はありません。ですが情報班の分析によれば全長約350メートル、艦幅は40メートル。排水量は7万トンを超えるものと推測されます。場合によっては8万トンに達するとの報告もあります」
「8万トン・・・か。まさに戦艦の中の戦艦だな。問題は日本がこの化け物を何隻所有しておるか、だが・・・」
「日本の発表によりますと、3番艦の艦名は『スサノオ』。これは間もなく就役すると。そして4番艦の『ヤマトタケル』は進水が終わり、艤装中とのことです」
「4隻か。で、キング提督。これに対抗する手段を我が合衆国がもつ事が可能だと君は考えておるのか」
「大統領閣下・・・」
キングは言いよどんだ。
3万メートルというのは、戦艦の射撃の効果が最もあらわれる距離だ。その距離で1200ミリの装甲板を貫通する砲に対処するならば、こちらはそれ以上の装甲厚を持った戦艦を建造する他ない。でなければ戦いは一方的な結果となるだろう。
装甲はまだよい。厚くすればなんとか対処は可能だ。しかし、砲はどうか?
これにはNOと言わざるを得ない。現在就役している合衆国海軍新鋭戦艦の装備する砲はマーク7と呼ばれ、50口径16インチ砲だ。16インチ砲としては世界でも有数の威力をもつ、優秀な砲だった。
それが一夜にして旧式砲となってしまった。日本のアマテラスクラスの持つ砲は1200ミリの装甲板を貫徹する。有効射程距離なぞ、考えたくもなかった。
だが彼はそれを考えなければならない立場にあった。
「現在建造中の『モンタナ』の建造を中止します。その上で・・・・」
そう。その上で。その上を目指さなければならない。
「新たな戦艦を設計、建造します」
ルーズベルトはぎょろりとキング提督を睨みつけた。その眼光は鋭く、心の芯まで貫くかと思われた。
数秒、大統領は沈黙した。キング提督にはそれが数時間にも感じられた。嫌な汗がじっとりと手のひらを濡らす。
「・・・・それで、我が国は、このアメリカ合衆国は勝てるのかね?」
大統領の言葉は重く、キング提督にのしかかってきた。