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太平洋の覇者

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 蒼天の下,その場は一種独特な雰囲気に包まれていた。

 大日本帝国海軍横須賀鎮守府要港部―――太平洋に開かれた日本帝国有数の軍港に,数多の艦艇がその威容を示していた。

 小は特設布設艦から大は戦艦まで,その数は100隻にも及び,大日本帝国海軍が世界第3位の規模であることを誇示する。

 時に皇紀2600年――西暦1940年10月11日。興奮の熱気が満ちるなか,特別観艦式が開催された。



「噂の新型戦艦,見ることができるかな?」

 大観衆の歓声にかすれがちになりながらも,同僚の新聞記者であるマイク=レイガーに問い掛けたのは痩躯の男だった。手にカメラをもつ彼は金髪碧眼で,身長はゆうに180cmを超えている。

「大丈夫だろう。軍艦とはエンペラーに捧げるのが,この国のやり方だそうだ。だとすれば今日のビッグイベントに出さない訳がない。心配はいらないさ。俺の心配事はだ,お前がしっかり写真を撮ってくれるかどうか,それだけだよトニー」

 トニーと呼ばれたカメラマンは,

「心配するな。1面記事にだって使える写真を撮ってやるよ」

 と小さくガッツポーズを作ってみせた。それに苦笑をつくって見せたマイクは再び洋上に目をむけた。

 そこには壮観,と表現する以外には言葉にしようがない光景が広がっていた。水平線の彼方まで続くような艦艇の隊列がゆっくりと運動を始め,縦陣から横陣へと隊列を組替えている。どの艦の動きにもよどみというものがない。まるで精緻に調整された時計のようだ。大日本帝国海軍の錬度の高さを知らしめるには十分なパフォーマンスである。



「見事な艦隊運動ですな。これだけの艦隊を動かすのは並大抵の苦労なくしては出来ない。日本海軍の力,推して計るべし,ですかな」

「わが国でも,此れほどの規模の観艦式は例がありません。一糸乱れぬこの動き・・・驚異的とさえいえます」

「日本海軍が軍縮条約の頚木から解き放たれて自由に艦艇を建造できるようになった・・・此れほどの海軍力,恐るべきことです」

 各国の観戦武官たちが声を揃えて嘆息している。その様を見るのは,なんと爽快なことか―――海軍大臣,及川古志郎大将は,密かにほくそえんだ。だが,まだまだこれは序の口だ,と彼は知っている。大日本帝国海軍の―――いや,大日本帝国の力を見せつける真の主役の登場がそろそろである事を。

 そもそも今回の特別観艦式が開催された理由は皇紀―――日本独自の暦でいうところの建国2600年を記念したものだ。だがこれを見方を変えれば,砲艦外交の一種とも言える。その証拠に今回の観艦式には各国の駐留武官も招待されている。強力な海軍力を持つことは,その国の力も強大だという事も意味する。砲艦外交とは,すなわちその力を見せつける行為そのものであるのだ。米国との関係に暗雲が立ち込め,ともすれば戦争に発展するのではないか,と国内でも囁かれている今,この観艦式には明確な意味がこめられているのだ。

 すなわち大日本帝国との戦いが何を意味するのかを。



 やがて時を告げる喇叭の音が鳴り響いた。

 各艦の艦上では乗組員が配置につき,艦長の「砲戦用意!」の命令とともに砲術科員が主砲の発射準備を始める。巡洋艦以上の艦の主砲身が仰角を上げる様は,蛇が鎌首を持ち上げるような迫力と威圧を感じさせた。

「来た!」

 誰の叫びであったろうか。その声に触発されたかのように皆が右手側を見る。島影から一際大きな艦影が姿を現した。

「『ナガト』クラスですな。16インチ砲を搭載した,世界に7隻しかない戦艦」

 アメリカ駐留武官であるトマス=マッケンジー少佐は呟いた。ロンドン海軍軍縮条約の中で保有の認められた16インチ砲搭載戦艦は世界で7隻。アメリカのコロラド級3隻,イギリスのネルソン級2隻,そして日本の長門級2隻。これらは「ビッグセブン」と称され,各国の力の象徴として世界に君臨していた。

 近代化改装を済ませた「長門」は丈高い,パゴダマストと呼ばれる艦橋をもち,その複雑な形状は一種の機械的な美すら感じさせる。この大艦隊の中あってその存在感はやはり他とは違う。それがゆっくりと,およそ10ノット前後で前進を続けている。

「まさか―――あの「ナガト」がエスコート艦なのかね」

 マッケンジー少佐の隣に座している,やや小太りな男が囁いた。肩章から少将と分かるその男はアメリカ駐留武官の長を勤めるロックウェル=マクドナルドである。

「そのように見受けられますが・・・やはり,日本海軍は新型戦艦を建造していたようですね。恐らく,次に現れるのが―――」

 マッケンジー少佐の声が終わらないうちに,一際大きな歓声が轟いた。

「な・・なんだね,あれは」

 「長門」の後に現れたのは,長門すらも巡洋艦程にしか感じさせないくらいの巨大な艦だった。



「あれが天皇陛下が座乗される御召艦であり,連合艦隊旗艦戦艦「天照」です。次に続くのは天照級2番艦「月読」です」

 通訳の声さえ聞こえぬほどにマクドナルド少将は,その異形の艦を見つめていた。

 異形―――そう表現しても間違いではない。全長はゆうに300mを超え,艦幅は40mはある。艦橋構造物は箱型をしており,これまでの日本戦艦の形状とはまるで違う。しいて言うならば,高雄型重巡洋艦を大きくした感じである。

 艦橋の真後ろにそびえるマストには多数の空中線が張られ,その通信能力の高さをうかがわせる。また,そのマストにはお椀形をした物が多数付属しており,絶えず回転をするT字形の構造物もある。しかし,奇妙なことに煙突はその巨体に比して小さく全体的にはコンパクトにまとめられた感がある。そして戦艦を戦艦たらしめる砲撃力の要―――主砲は

「単装・・・だと?」

 マクドナルド少将は自身の目が信じられなかった。

 戦艦に限らず,およそ戦闘艦と呼ばれるものは,その積載量が許されるかぎり多数の砲を装備するのが常識的な時代である。それは,砲弾の命中率に関係している。

 命中率が1割を切るとなればどうするか―――その答えは「砲門数を多くする」だ。砲の数が多くなればそれだけ命中率も向上する。であるからして,近代戦艦というものは連装または三連装の砲塔を3基から4基搭載し,砲門数は8~10門装備するのが「当たり前」なのだ。

 だが,今目前にある日本の新鋭戦艦は艦橋を挟んで前部に3門,後部に2門の合計5門の砲しか搭載していない。なるほど砲の大きさは長門級よりも大きいかもしれない。しかし,砲撃力は半減しているのではないか?

 マクドナルド少将の顔色を伺っていた通訳官は,彼が何を言いたいのかが分かっているようだ。

「ご心配にはおよびません。今から「それ」をお見せしましょう」

 通訳官は自信に満ちた声でそう言った。





 戦艦「天照」戦闘艦橋―――そこは統合戦闘指揮所と呼ばれる,この艦の頭脳とも云うべき場所である。
作品名:太平洋の覇者 作家名:陸奥長門