白と黒
「。。。」
全員が目を合わせず、完全に無視される明人。これまでグループの中心に居た明人は、そのグループから完全に無視されていた。
「朝一体育の授業かー準備しようぜー」
巧がそう言うと、皆ちりぢりになり明人から逃げるように離れて行った。明人は懸命にこれは無視ではない、いじめではない、そんなことになるわけがないと思い込もうとした。少なくとも昨日は祐希を助けただけで、特に何か悪いことをしたわけではないし、今日の朝だって巧が居ないから先輩と学校に来ただけで、そんなことになるわけがないと、頭の中をフル回転させながら、無視された理由を考えた。しかし、そんな明人の考えとは裏腹に、明人の現実がどんどん灰色から黒へと染まっていく。
その日、1日誰に話しかけても得られる反応が
「うん。」
だけであった。反応が返ってくるだけでもまだ良い方で、基本的には居ない存在かのうような扱いを受けるようになっていた。あれだけ毎日しつこく絡んできた絵里も全く反応すらしない状況になる。
季節は、もうまもなく夏休みを迎えようとしていた。明人の状況は日に日に灰色から完全な黒に染まり、誰からも反応されず、あんなにはしゃいで明るかった姿はそこにはなかった。
第4章(黒)
夏休みが始まり、特に補修もなかった明人は、部活だけのために学校に通う日々が続いた。部活でも状況は変わらなかった。しかし、美菜だけは夏休みの部活中話してくれた。この状況で話をしてくれる美菜の存在は明人にとっては唯一の救いとなったが、その救いが美菜を苦しめるかもしれないと思うと素直に喜べない気持ちに挟まれながら複雑な心境であった。部活の休み時間には必ず、一部の部員が集まって恋話をするのが習慣になっていた。
明人は、少し離れた所でスポーツドリンクを飲みながら木陰で一人過ごす。少し離れた所から、美菜の声が聞こえた。
「えー、それは違うってー!香奈は絶対巧が好きなんだよ!」
いつもの恋愛トークである。すると美菜は不意に話しかけてくる。
「明人もそう思うよね?」
「う、うん、そうじゃないかな?」
周りからの信頼も厚い美菜はこうして時々話している輪に、明人を入れようと少しづつさりげなく助け舟を出してくれたりもした。以前の明人なら、この輪の中で馬鹿騒ぎをしていたが、今ではうなずくのが精いっぱい。話をしようとしても明らかに周りから避けられている態度が辛くてそれ以上のことをしようという気は到底起きなかった。部活が終わり家に帰ると、ひたすらクラシック音楽を聴き続け現実世界から離れようとしていた。明人にとってクラシック音楽は単純に言葉のある現代音楽では、妙に現実感を与えられる感じがして嫌だったのだ。音楽の専門的なことが分かる訳でも何でもなかったが普段の現実世界では聞こえてこない音色を頭の中に流し込むことで余計なことを考えないようにしていた。家では親に悟られないように明るく振る舞い何もなかったかのように過ごしていたが、自然と部屋に籠ることは増えて行った。
「きっと夏休みが終われば、皆元に戻って俺も普通に話せるはず!大丈夫!」
そう毎晩毎晩言い聞かせながら夏休みを過ごした。潮目が変わり夏も終わる頃、不安しかない明人は新学期を迎えた。この時にはすでに明人は登下校も学校の中も一人で過ごしていた。クラスで唯一話せるのは、少し独特の世界を持ったグループの中の人たちだけであった。趣味の世界に没頭しているグループである。明人はこの頃全くそういった世界に興味はなかったが、授業中グループを作る際には唯一受け入れてくれる優しい世界だった。この時までは、無視されるだけだったため、目立ったことをせず、とにかくやり過ごしていた。しかし、何事もなく過ぎていく刺激のない日々に飽きる者達が出始める。それは不意に始まった。
「あー、あ、まじ、あいつ消えて欲しいはー」
香奈が教室に居る人に聞こえる声でわざと言い始める。
「本当にな、まじうざい、邪魔」
祐希が便乗する。
「美菜もそう思わない?」
香奈が煽り始める。
「う、うん」
美菜は目線を下に落としながら苦笑いをする。これは誰がどう見ても明人に対する邪魔発言である。明人はとりあえず机に突っ伏して聞こえないふりをする。
「本当、まじ消えて、うざい、同じ空気吸いたくないー」
突っ伏している明人の近くに来て、香奈が言い放つ。
「お前と同じ空間にいるこっちの方がしんどいわ」
と明人は思っているが声には出せない。初めは無視で済んでいたが、その内無視効果が低減し明人から反応しなくなると、今度は逆にいじりたくなるらしい。一時でも静寂が訪れると次のターゲットが自分に向くかもしれないという恐怖心に煽られるのだろうか。黙っていられず、弱者1点攻撃をエスカレートさせていく。無視だけでは済まない日々に部活を休みたい、学校を休みたいという願望が増していった。しかし、ここで学校に行かなくなると、親に感づかれ色々自分にとって不都合なめんどくさい自体になるのは間違いないと思うと、踏ん張るしかなかったのである。
翌朝
「ガラガラッ」
明人はいつも通り誰とも会話を交わすことなく教室に一人入っていく。
「えっ?」
扉を開けて、落ちていた目線を自分の席があるはず場所に移すと、頭の中にはてなマークが乱立した。あるべき場所に机が無かったのだ。明人は混乱しながらも、出来るだけ冷静一度目を瞑り、周りを見渡した。周りからは奇異の目を向けられ、微かな笑い声が聞こえる。ベランダに机と椅子が無残に投げ捨てられていた。状況を確認した明人は、落ち着いてベランダに向う。
「あー、めんどくせっ」
明人はボソッと小声だが、しっかりと香奈に聞こえるようにしっかりとした口調でこぼす。ベランダで机と椅子を回収し、あるべき場所に戻した。
「ドンっ、ガタン」
わざと大きいを音を立てるように机を戻す明人。一瞬だが、香奈がビクつく。香奈がビクつくのも仕方がない。明人はこれまでニコニコ明るく決して暴力に訴えるような所を見せたことはなかったが、武術を習い、並以上の運動神経を持ち、スポーツテストは1年生にして中学全学年TOP、身長も高く、力はその辺の男子で敵う者は居なかった。そのため、中学生数人程度では暴力でどうにかなるような感じではなかったのだ。そもそも並以上の才能を持ち、ルックスもそこそこなのに、今この状況になっていること自体が不思議なほどである。普通であれば学年1の人気者、男子から僻まれ、疎まれながら女子からチヤホヤされることがあっても、クラス全員から無視されるような状況にはならないだろう。これほどまでに環境を一変させ人間のポテンシャルでさえも簡単に越えていく集団心理の恐ろしさである。さらに、この大凡何でも持ち合わせてしまっているが故に今後明人の立場は悪くなる一方であった。
机をベランダに捨てられる事件を受けて明人は、感情的なものから物理的ないじめへと遷移していることを痛感した。その日の昼食休憩時、事態はさらに深い泥沼へとはまっていく。
「ガラガラッ」
教室の扉が開いて、先輩が3人いや、4人入ってくる。
「あっちゃん♡元気してるー?」