白と黒
明人は内心、勘弁してくれと思いながらも相槌を打つ。
「あ、まぁ」
声をかけて来たのは、1学年上の美雪であった。小柄で学校全体で見ても唯一無二の可愛さを誇る美雪は男子の憧れの的であった。テニス部のエースでもあった美雪は実力が県でも常に表彰台に上がるほど強い。部活中は同じ中学の女子では練習相手にならず、明人と組んで練習することが多かった。そのため、明人とは非常に仲が良かったのである。
「あっちゃん、元気ないよー、、、、どうしたの?何かあったら美雪に言ってね」
明人の頭を撫でながら、いかにもThe女子感満載の声で訴えかけてくる。
「大丈夫ですよ、眠いだけなんで、」
明人は少し目線をそらして答える。
「あー!夜一人で変なことして寝不足なんだなー!だめぢゃないけどダメだよ!美雪以外に浮気したら許さないからね♡」
「いやいや、浮気も何も誤解されちゃいますよ!」
「良いのいいのー!本当でしょ♡」
微笑みながら美雪が明人をおちょくる。明人はこのノリがあまり好きではなかった。確かに可愛い先輩だが、非常に残念な性格である。さらに今の状況を見ている男子達の視線が突き刺さり逃げ出したかった。
「みんなー!美雪のあっちゃん苛めたらまぢ許さないから」
最後のトドメを美雪が刺しに来た。
「オワッ、、、タ」
明人は心の中で心底沈んだ。
「じゃ、また来るねー!」
「バタンッ」
本当に来ないでくださいと心から願った。
「あいつ、まじ何あいつ、美雪先輩と仲良いの?」
「有り得ねー。あいつのどこが良いんだろ、まじで、本当死ねばいいのに」
小声でぼそぼそと嫌味が教室内を乱立し始める。さらに立場が悪化した明人は教室から逃げるように飛び出した。この一件からさらにエスカレートし、発情期の男たちは明人とすれ違う度に、「死ね」、「死ね」とさりげなく聞こえるか聞こえないかの程度で暴言を吐くようになった。そうこうしているうちに午後の授業が始まる時間になり、教室に戻ると明人の机の中身が消えていた。
「あー、さっきのが相当効いたのか」
明人はボソッと嘆いた。
「じゃあ、授業始めるぞ、日直」
「起立、礼、お願いします。」
「おい、明人、教科書くらい出さんか」
教科書を出したいのは山々だが、物がないから出せない。
「すいません。忘れました」
ぼそっと呟く。
「なーにをしに学校来てんだ、隣に見せてもらえ」
見せてもらえる状態なら見せてもらうの普通だが、両隣ともにわざとそっぽを向いている。
「大丈夫です、今年の教科書の内容は全て頭に入っているので」
明人は平然と答える。
「そ、そうか」
教職員もうすうす感じているのであろうこの教室の空気を、そのため強く言及しなかった。それに、明人の場合教科書の内容はすでに終え中学2年の途中までは独学で進んでいたことは周知の事実であった。
「キーンコーンカーンコーン」
休み時間になり、明人は教室のゴミ箱を見に行った。
「ガコッ」
そこには無造作に捨てられた自分の教科書があった。このとき明人は教科書を拾わず、そのままゴミ箱の蓋を閉めその場から立ち去った。明人にとって学習し終えた教科書の価値などないに等しかったが、それ以上に自分の物が捨てられている現状に打ちひしがれ絶望した。少し前までは、あんなに仲良く平穏に過ごしていた日々がこうもあっさりと生きにくい環境になることを感じ空しくなり、人という不完全な生き物に憐れみさえ覚えた。 それからの明人は空き時間になるとひたすらに六法全書を読みふける日が続いた。こんな不完全なヒトが作りだした世界の法とはどんなものか、ただ、純粋な気持ちで黒い世界の檻を凝視していたのだ。