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香りの記憶

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ぼんやりと、もう死ぬんだな、と思ったときだった。
突然、目の前のドアが開いた。ドアから飛び出した誰かの手が、俺の両腕の付け根をがっちりと掴むと、力強く引いた。
そのまま俺の体は誰かの手に引かれて、ずるずると浴室のドアから出ていく。
俺の腕を掴んで引っ張った誰かは、俺の体が半分浴室のドアから出たところで、俺の上半身を起こして、両脇から背中に腕を回した。
そのとき、俺の後頭部から肩にかけて相手の髪が垂れかかり、俺はふわりと良い香りに包まれていた。
その香りは、覚えがあった。
それは、妻の綾香の香りだった。
綾香が助けに来てくれた、もう大丈夫だ。
思考能力を失っていた俺は、薄れ行く意識の中でそう思った。
目がかすんで、顔は見ることができなかった。しかし、この香りは間違いなく、妻の綾香の香りだった。
綾香は俺を抱きかかえて、さらに俺の体を引いた。
小柄な綾香にこんな力があるなんて、意外だった。
それに、目も喉もやられたのに、嗅覚はなんともないんだな。
俺がぼやけた頭でそんなことを考えているうち、視界が真っ白になり、俺の意識は視界とは逆に真っ暗闇の中に落ち込んで行った。
作品名:香りの記憶 作家名:sirius2014