遊花工房.:*・★: 《2016.08.05更新》
わた雪
重たい夜が降りてくる。
空気は冷たく澄み渡り
吹く風もなく
暗闇も動かない。
静かに
静かに
降りてくる。
音もなく
そ~っと…そ~っと…。
「しーっ。みんなこっそり降りてくるんだ。」
「そうそう。どこのお家の窓も真っ暗だからね。」
「葉っぱを揺らしちゃだめだよ。」
「ドアをノックしちゃだめだよ。」
生まれたばかりのわた雪さん。
赤い屋根に
青い屋根に
庭の植木に
ベランダのプランターに
静かに
静かに
降り重なる。
「あれはなんだろう?」
電柱の影に小さな木箱。
「きみたち。こんなに冷たい夜になにしてるのさ?」
木箱の中にはたくさんの忘れられた玩具たち。
*:..。★
あたしは壊れたオルゴール。
みぃちゃんのパパが
3つのお誕生日に買ってくれたの。
いつもベッドの横において
眠りにつくまで聴いてくれたのに。
あたし…いっしょうけんめい歌ったの。
みぃちゃんが今夜も
いい夢を見られますように。。。
あしたはもっと
しあわせな一日になりますように。。。
いっしょうけんめい歌ったのに…
ぜんまいが切れてしまったら
もう歌えないから捨てられたの…。
こわれたオルゴールが、哀しそうに涙を一粒落としました。
*:..。★
あたしは片方の耳がないクマのぬいぐるみ。
デパートに行ったとき
あたしがほしいってみぃちゃんが泣いたから
しかたなくママが買ってくれたの。
毎晩、毎晩、一緒に抱いて寝てくれた。
お風呂だって一緒に入った。
なのにおとなりのよっちゃんと取り合いになって
耳が片方取れちゃった。
だからあたし…捨てられたのよ。
もうみぃちゃんはあたしを抱いてくれないの…。
片方の耳がないクマのぬいぐるみが、淋しそうに涙を一粒落としました。
*:..。★
あたしは表紙の取れた絵本。
みぃちゃんが通ってた幼稚園からもらった一番のお気に入り。
なのにそのあとおばあちゃんが新しい絵本を買ってくれたから
あたしは本棚の奧にしまい込まれたまんま。。。
そのうち表紙も取れちゃって
忘れられたまま捨てられたのよ…。
表紙の取れた絵本が、くやしそうに涙を一粒落としました。
*:..。★
くぅ~ん…くぅ~ん…寒いよぉ。。。
震えながら一匹の子犬が、木箱にすり寄ってきました。
「きみも捨てられたのかい?」
*:..。★
わかんない…。
ボクのご主人さまは昨日引っ越していっちゃった。
あの子…ただボクを抱きしめて泣いてた。
ずっとここで待ってるのに
だぁれも迎えに来てはくれないの。
やっぱりボクも捨てられたのかなぁ。。。。
震えながら子犬はあの子が恋しくて、せつなそうに涙を一粒落としました。
みんなおいで。ぼくらがやさしく包んであげる。
楽しかった日々を思い出しながら、ほんの少し眠るのさ。
さぁ…みんなおいで。忘れられたおもちゃ箱。
捨てられた子犬。いやな想い出、悲しみや苦しみ。
みんなみんな、ぼくらが包んであげるよ。
やがて生まれたばかりのわた雪があとからあとから手を繋ぎ
白い一枚の毛布を作りました。
「大切なものは変わるのさ。想い出も色褪せれば捨てられる。
それでいいんだ。さぁ、毛布を掛けてあげるよ。
静かにお眠り。やさしく包んであげるから。」
冷たくて暖かい毛布。わた雪さんのやさしい毛布。
「お疲れさま。。。」とでもいうように
あとからあとからかぶさって
あたりを銀色の世界に変えました。
「だぁれも…起こしちゃ…だ・め・だ・よ…。」
作品名:遊花工房.:*・★: 《2016.08.05更新》 作家名:遊花