レイドリフト・ドラゴンメイド 第19話 思い出の帰還
春風 優太郎だ。
周りが歌に集中していたのは、春風にとって最後のチャンス。
春風はこれにかけ、立ち上がり、走り出そうとした。
だが、その足元にはポイズン・チェーンを踏みつけていた。
当然、黒い火は足を飲み込み、固まる。
【くそう! どけっ! 】
優太郎はその体勢のまま、手当りしだいに周りの者を殴り始めた。
【やめろ! 】
威厳のある叫び。エピコス中将の声だ。
シエロは驚いた。
父が両腕を、大きく左右に広げた!
その後ろには、惑星スイッチアすべての者がいた。
チェ連人、天上人、地中竜、海中樹。
エピコス中将は、その手で三種族との戦いを指揮した。
時には直接銃を向けた。
その手を、かばうために差しだしている!
だが、優太郎はシエロが思い至ったことを気にしていなかった。
【俺は戦士。当たり前だ。俺は戦士……! 】
春風自身が自分を呪うように放たれた、低くて不気味な声。
【俺は、人間と平等になんて、なりたくないんだ! 】
固まった魔法火の中から、皮膚と肉を引き裂く嫌な音がする。
ひときわ大きくなった音の中心から、爆風の様に巨大な金属の足が現れた。
その姿は、生徒会のいるシェルターに現れた姿!
魔法火の拘束を逃れ、何とか立ち上がった春風は、巨大なつま先を尺取虫の様に動かす。
それはシエロの予想以上の速さだ。
その直後、優太郎の口の中へ天上人の視線が飛び込んだ。
そこで記憶は途切れた。
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達美専用車の中から、一本のワイヤーが伸びていた。
レイドリフト1号の右腕を守る、ガントレットから。
ワイヤーガン。
高性能モーターでワイヤーを飛ばし、先端についたヤモリテープで壁などに張り付く。
モーターは人2人を余裕で引き上げる。
ヤモリテープとは、トカゲのヤモリをモデルに開発された。
ヤモリの足には細かい毛が生えており、それが壁などの目に見えないような凹凸に引っかかり、張り付くことができる。
しかもこの毛は一方向に並んで生えるため、ある方向に向かって動かせば簡単にはがせる。
ワイヤーガンに仕込まれたそれは、細いワイヤーで操られるシリコンによって操られていた。
シエロを転ばせた後は、すぐに外れて戻っていった。
シエロにはもう、驚くという気持ちはなかった。
それを奮い起こす神経伝達物質は、使い切ってしまったと思った。
「父達は、その後どうなった? 」
それでも、心配する気持ちは消えない。
ボルケーナが答えた。
『大丈夫。けが人もなく、無事に会議室へ入ったよ』
シエロは、久しぶりにうれしい気持ちになった。
「そうか……」
もう、逃げても無駄だという事は分かった。
それどころか、逃げる必要さえないことが分かった。
「ごめんな・さい。 ごめんなさい」
達美専用車から、すすり泣く声がする。
見れば、アウグルに腕をつかまれた、カーリタースが泣いていた。
逃げようともせず、ただ静かに泣いていた。
「地球人を、召喚することが、地球を実効支配、することだなんて。
僕は信じてなかった!
副主任が! そう言えば地球人は怖がるから安心だって!
僕が臆病でグズだからこんなことに!
ごめんなさい! 」
激しく泣くカーリタース。
その鼻から、一滴の血が流れた。
「カーリ君! 血が!
どこかにぶつけたのか? 」
アウグルがあわてている。
「違います……。これは僕がとろいから。小さいころ、怪獣の血液を浴びたんです」
その言葉を聴いた時、その場にいた全員が息をのんだ。
「お前、怪獣毒素合併症だったのか?! 」
最初に驚きの声を上げたのは、シエロだ。
怪獣とは、通常物理ではありえない能力を持つ、巨大生物。
当然その体組織は人類にとって未知のものが多く、それによる病気には治療方法が確立されていない物も多い。
それに、新陳代謝が遅くなるため、体が太ることも知られている。
『あなた、そんなリスクを背負ってたのに、チェ連で最高の科学者になったの!? すごい! 』
達美が尊敬のこもった声を上げる。
『待ってよ。カーリ君が怪獣合併症だとして、どうして智慧のテレパシーとかでわからなかったの? 』
シェルターではキャロが、智慧を見つめて聴いている。
あちらの人たちの視覚は戻っていた。
『カーリ君自身が体の不調を病気のせいだと思わず、自分のせいだと思い込んでいたのよ。
強力な思い込みまでは、テレパシーも無力だわ』
智慧の声には、心から申し訳ないという気持ちが滲んでいた。
シエロとカーリタースは、この時、再び絆が繋がるのを感じた。
「ところで、ここはどこだ? 」
シエロは立ち上がる。
さっき見たとおり、目の前にはレンガの壁がある。
その持ち主は、3階建の小さなビルだった。
日差しはさしてこない。
どこかの路地裏だった。
立ち上がり、唯一明るい方向を見てみると。
うっそうとした、杉林があった。
ビルと林の間には、2車線の道路。
地面に段差は見られない。
道路まで出てみると、左右に市街地と林が並行して伸びているのがわかった。
林の奥から、天に向かって尖塔が伸びていた。
高さは約50メートル。先はスリット状に天窓がはめられた、直径20メートルはある大きなドームだ。
それを、何段も重なった大きな屋根が支えている。
茶色の石で組まれた壮大なそれは、年月によるしみ一つなく、ガラスはキラキラ輝いている。
シエロの知らない建物だ。
いや、思いだした。
「臆病者の城? 」
知ってはいるが、それは宇宙からの攻撃で、半分以下の高さにまで崩れた廃墟のはずだ。
それでもあまりに大きくて、危険なので、解体されることもなくのこっている。
「マトリクス歴王大聖堂……」
すぐさま、カーリタースが説明した。
シエロが呼んだのは、大聖堂の蔑称だ。
そこは、今やすっかりさびれてしまったチェ連固有の宗教。
それを、はるかな昔にこの地を治めた、マトリクス王国が建立した寺院だ。
全てが戦争のために使われ、現実主義が尊重されるチェ連では、現実にはない物に救いを求める宗教は、臆病者のしるしなのだ。
「そのレプリカ。そして隠れた科学者たちの最後の砦だよ」
怯えてはいたが、カーリタースの声には、チェ連の評価に立ち向かう強い意志が込められていた。
空は、どこまでも澄み渡った青空。
そこに、オウルロードが操る兵器や砲火が飛び交う。
それまで美という物に特別興味がなかったシエロにさえ、それは大聖堂にふさわしい光景には思えなかった。
だが、何よりふさわしくないのは、大聖堂の真上に空いたあのポルタだ。
割れ目はさらに鋭く割れ、大きくなっている。
その向こうには、燃えるフセン市が。
だが、その火は徐々に小さくなっている。
見れば、街のあちこちで勢いよく水が噴き出している。
「消火栓か? 」
シエロは思った。
「いや待て。あれほどの水圧でいっぺんに水をだすことなど、できるのか? 」
そんな水道など、意味がないように思えた。
作品名:レイドリフト・ドラゴンメイド 第19話 思い出の帰還 作家名:リューガ