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拝み屋 葵 【参】 ― 西海岸編 ―

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(三) 西海岸の聖女


 カリフォルニアを取り巻く熱気は今日も変わらない。サンサンと輝くカリフォルニアの太陽は、未来へと突き進んで行く夢と希望に溢れた者たちと、夢に破れ希望を見失った者たちとを平等に照らし出す。胸の内に熱意を秘めた者と、その熱を失った者とでは、太陽光の体感温度にも差が生まれるのだろう。

 葵は、いま目の前で熱弁を振るっている若者が、そのどちらに分類されるのかを考えようとして、そのバカバカしさに気付いた。

 癖毛の赤髪は、無造作に見えて一応セットしてあるものらしい。
 色白というよりは不健康な蒼白で、目の下の隈は深夜まで勉学に励んでいた成果ではないことは明白だった。
 痩せ過ぎず太り過ぎず、顔色が悪いことを除けばそれなりの美男子であったのだが、如何せん口をついて出てくる言葉が軽薄であり、全てを台無しにしていた。
 名前、住んでいるところ、UCLAの生徒なのか、学部、選択している講義、エトセトラ、エトセトラ。
 つまり、葵はナンパされているのだ。
 マリオンと待ち合わせをしていた葵は、その場から立ち去るわけにも行かず、執拗に個人情報を聞きだそうとしてくる男を煙に巻き続けていた。
 葵は自分が僅かに苛ついていることに気付く。すぐさまその原因が何であるのかを把握し、不快を加速させていた。
 葵は、目の前の男とジョーとを重ねてしまった。全くの別人。共通しているのはカリフォルニアの住人であること。それでも、目の前にいる男の中にジョーの面影を見出そうとしている自分に、どうしようもなく苛ついているのだ。
 だが葵は、それを微塵も表に漏らすことはない。決して。

「いたいた! アオイー!」
 午前中の講義を終えたマリオンが現れたことで、軟派男はようやくその口を停止させた。
 そして去り際に漏らす。
「アオイ…ね、覚えた。キミの名前、忘れないよ」
 葵は背筋に僅かな悪寒が走るのを感じたのだが、男の背中が学生たちに埋もれて見えなくなるのと同時に忘れ去った。
「ごめんなさい、待ったでしょう? J・Jったら講義終了間際に講師を挑発するような質問するんだもの。おかげで知りたくもない理論の講釈を長々と聞かされたわ。こっちは単位のために選択してるだけなのに、助教授同士のいがみ合いに巻き込まないで欲しいわ。カレンとミランダがバイトに遅刻しないかとヒヤヒヤしているのが見物だったわ。あの二人、高飛車でいけ好かないのよね、でも遅刻しちゃいけないっていう常識だけはあったのね、感心感心」

 マリオンのマシンガントークはいつだってフルバーストだ。引き鉄が引かれれば、撃ち尽くすまで止まる事がない。
 おしゃべりが過ぎるものの、誰に対しても裏表がない彼女は、男女を問わずに人気がある。また、責任感が強く面倒見も良い彼女は、UCLA職員からの評判も良かった。
 葵もマリオンを高く評価している。
 時には誰かを責める言葉を発するものの、それは陰口ではなく、本人に対しても伝えられている、的確な助言だ。日本に『その通り、だから余計に腹が立ち』という諺があるように、マリオンに対して不快な気持ちを持つ理由は、ほぼそれ一つに絞られる。自身を客観視できない者、現実を受け入れない者、自分を過大評価している者、それらに該当する者は、無意識にマリオンと距離を取るように行動する。
 マリオンの周りにいる学生は、全員が成績優秀というわけではないが、胸の熱意を失っている者は一人もいない。

「そういえば」
 たったいま撃ち尽くされて空になった弾倉が、一瞬にして交換される。葵は、ここまで口を挟む暇を与えてくれない相手に出会ったのは初めてだった。
「さっき、マックスと話してたでしょ? やっぱりアオイのことも狙ってたんだわ。ホントに懲りない男ね。先週も、公開講座に参加してたチャイニーズをナンパして、お腹に痣ができたって言ってたわ、笑っちゃうでしょ? コリアンだったかしら? とにかく、マックスは東洋人相手に見境ないのよ」
「真に受けたりはしまへんによって」
 葵は、唯一の突破口に飛び込む。
「そう? ならいいんだけど」
 マリオンはニンマリと人あたりの良い笑顔を作った。

 アメリカの新学期は秋から始まる。
 初夏であるにも関わらず、葵がUCLAに編入・入寮できているのは、やんごとなき圧力が影響を及ぼしているからである。
 ずばり、大人の事情であるため、触れないでやって欲しい。
『環境の変化に戸惑って、勉学に悪影響が出るのを避けるため』
 早期入寮の理由はそんなところだ。もちろん、これは建前であるし、これだけの理由で早期入寮が許可されることはない。
「新学期開始すぐに勉教に集中したいからなんて、恐れ入るわ」
 マリオンは、良くも悪くも純粋だ。その上で、敢えて言葉にする必要もない理由や、言葉にしたくない理由が存在していることも、しっかりと把握している。
 葵が一日も早くこの大学周辺に馴染めるようにと、マリオンは全面協力を申し出た。具体的には、周辺にある日本人が集まる店や、日本食の店などを紹介・案内すると言ってきたのだ。
 今日、その第一回の待ち合わせをしていたのである。

 UCLA敷地内にあるカフェテリアでは、日本食を食べることができる。UCLAには多種多様な主義、人種、民族、宗教の学生が集まるため、日本食だけではなく、菜食・非菜食主義者用の食事、牛肉や豚肉を使っていない食事などを含め、世界各国の料理を提供している。味の評判は良い。
 続々と集まる学生たちの中に、葵は見知った顔を見つけた。この場合は、見つけてしまったというべきだろう。
 腰まであるストレートのブロンドヘアーは、蛍光灯の下にあってその輝きを遺憾なく発揮し、肌が透けて見えそうな白のブラウスと、大胆なスリットが入った、タイトな紺のロングスカートがなんとも艶めかしい。
 彼女の名前はソフィア・クロウ。イタリア生まれの三十四歳。
 表向きは、ここUCLAで助教授をやっている欧州美人なのだが、裏の顔は世界を股に掛ける“拝み屋”であり、世界屈指の実力者でもある。
 葵の師匠と親交があり、かつて、武者修行と称して彼女の下に送られた葵は、それはそれは筆舌に尽くし難い日々を送ったのである。
 ソフィアは葵の数少ない天敵の一人だ。
 言葉を失っている葵に歩み寄ったソフィアは、煩わしい前置きの一切を省き、いきなり本題に入る。
「後で私の研究室に来なさい」
「へ?」
 日本語の会話であったため、葵の隣にいたマリオンはその意味を解していない。
「聞きたいことがたっぷりあるの」