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拝み屋 葵 【参】 ― 西海岸編 ―

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(終) それが彼女の流儀


「日本に帰ったら、あの人に会うのね」
「どうですやろか」
「伝えてくれる? 『貴方が会ってくれるのを待っていたら、こんなオバサンになっちゃった』って」
「あははは」
「アオイ」
「すんまへん」

 ロサンゼルス国際空港の発着ロビーにて、見送りに来たソフィアと談笑していた葵は、ふと、自分を見つめてくる視線に気付いた。
 その正体を確認した葵は、安堵と不満が入り混じった苦笑いをソフィアに向ける。
「マックスも一緒やってんや」
「どうしても行きたいって言うから、ね」
「どないな具合ですやろか?」
「分かったのは、彼の寿命が人間と同じだろうってことぐらいね」
「そりゃ良かった」
 マックスは人の心を持ち、人への恋心を抱く。そんな彼が人よりも永く生きねばならないのだとすれば、なんとも酷な話となる。
「そう……ね」
 ソフィアは物憂げに呟く。
 搭乗手続き開始のアナウンスが流れたことで、葵はそれに触れる機会を失ってしまった。
「ほな、ウチ行きますわ」
「日本に帰ったら、ちゃんと女性としての魅力を磨いておきなさい。次会うまでに、もっと上手くドレスを着こなせるようになっておくのよ? きっと綺麗になるわ」
 葵がジョーと共に参加したパーティは、ソフィアの父親主催のものだった。ソフィアは大学の助教授でしかないが、両親は方々の企業などに発言力を持つ有力者、いわゆるセレブなのである。両親はアメリカに帰化しているが、ソフィアはイタリア国籍のままである。
 ソフィアは『せっかくロサンゼルスに来たのだから』と、半ば強引に葵をセレブの集まるパーティに参加させたのだ。その際、虚実を巧みに入り混ぜた説明をすることによって、若い娘が単身で会場入りすることがどういう意味を持つのかを完全に誤解させたのだ。
 それによって間違った認識を植えつけられてしまった葵は、ジョーを誘うに至ったのだ。
 これは、すすきがソフィアに告げ口したことにより企てられた、葵の『乙女化計画』である。尚、すすきが“告げ口”をしたのか“白状させられた”のかは、定かではない。
 アメリカという国には、出国審査はない。あるのは出国証明という指紋を読み取らせる作業だけだ。それ以外は各航空会社のチェックイン時に勝手にやってくれる。
 出るのは簡単だが、入るのは難しい。それがアメリカだ。

「ないわ! 私のバッグがないわ!」
 日本人旅行者が、不慣れな英語で叫ぶ。
 プロの置引き犯は平然と歩く。空港のロビーを全力疾走すれば、「私が犯人ですよ」と言っているようなものだからだ。
 つまり、不似合いなバッグを抱えて全力疾走している白人男性は、新参者か、出来心か、ただの小心者か。

 スルスルと進路に割って入る一つの人影。
 後ろで一つに纏めた黒い髪。タンクトップにミリタリー調のカーゴパンツ。足元はふくらはぎまでの黒いブーツ。
 置引き犯はその人影を避けきれず、むしろ吸い寄せられたかのように自ら衝突し、宙を舞った。
 駆けつけた警備員に置引き犯を任せて、颯爽と立ち去るその後姿に、ある者はクールな音色の口笛を、ある者は羨望の眼差しを、またある者は惜しみない賞賛を送った。

 氏名 三宮 葵
 年齢 二十三歳
 性別 女
 職業 拝み屋

 彼女は現代に生きる陰陽師。
 ただあるがままに、自身の良心に従って生きるのみ。
 それが彼女の流儀だ。

 葵が振り向くと同時に、拍手喝采はまるで指揮者にそう指示されたかのように、ピタリと止まった。
 何かを言おうとする気配を感じたのか、周囲は水をうったかのような静けさのままだ。
 そうして、おもむろに開かれた葵の口から流れ出た言葉は、彼女の動向を見守っていたすべての者に届いたのだ。

「惚れたらアカンで」
 葵は、にっと白い歯を見せて笑った。


          ― 『それが彼女の流儀』 了 ―