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拝み屋 葵 【参】 ― 西海岸編 ―

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「そこまでだ」
 開けられたドアから入ってきたのは、ナイフを首筋に突きつけられたマリオンだった。
「あー、なるほど」
 葵は、合点がいったと声を上げる。
「分かったら大人しくしろ」
「なして?」
 すごむ男を相手に、葵はあくまでも飄々としている。
「アオイ!?」
「コイツがどうなってもいいのか!」
 マリオンが困惑の声を上げ、男は再び脅しを掛けた。
「この状況を目撃した人間をタダで帰すワケあらへんやんけ。せやったら、ウチが大人しゅうしたかて意味ないやろ?」
 葵は包囲を脱するため、じりじりと窓側に後退した。短くとも刃物を持った相手に囲まれるのは、さすがに分が悪い。
「解放して立ち去るか、このままウチにしばかれるか」
 葵は本気だ。無傷であるからこそ、交渉の余地がある。
「ちっ」
 男の舌打ちと共に突き飛ばされたマリオンは、よろめきながらも葵の傍まで辿り着き、しっかとしがみついた。
「……殺されるかと思った」
「はよ、行き」
 だが、男たちは揃って不敵な笑みを浮かべるばかりで、その場を立ち去ろうとしない。
 ガチャリ。
「あー、なるほど、手錠ね」
 葵は、再び合点がいったと声を上げる。
「ゴメンネ、こういうことなのよ」
 マリオンは、すっと葵の傍を離れる。
 葵は後ろ手に手錠を掛けられていた。
「さ、お楽しみタイムといこうか」
 にじり寄る男たちを前にしても、葵は変わらず平然としていた。
「証拠が欲しかっただけや」
 後ろ手でブラインドを操作して角度を変え、日光を室内に招き入れる。突然の光に、葵以外の全員が顔をしかめたが、目が眩むほどのものではない。
「悪足掻きを!」
 男たちが飛び掛かる前に、葵は前屈の姿勢をとり、手錠が掛けられた後ろ手を上にかざす。

 空間を貫いて、一筋の光が走る。
 それは、窓ガラスを打ち抜いて、手錠の鎖を断ち、一人の男の足を貫いて、最後に床に姿を埋めた。
 その光の正体は、外部から狙撃されたライフル弾である。
 狙撃したのはソフィア・クロウ。
 彼女の能力は“命中させる”こと。発射する弾に目標を刻むことで、その命中精度を飛躍的に上昇させるのである。葵が隠し持っていた盗聴器で状況を把握し、戦利品“L96A1”の銃弾に“葵に掛けられた手錠の鎖”という目標を刻んで狙撃したのだ。

「全員、バッキバキにいわしたるさかいにな」

 そして阿鼻叫喚。

 *  *  *

「残念や、ホンマに残念やで」
 葵は、ぽつりと一人呟く。事件の日から一週間、一日たりとも欠かさずに、毎日同じ言葉を口にする。それほど無念だったのだ。
「大変でしたね」
 メガネを掛けた文学少女すすきが何処からともなく歩み寄り、慰めとも慰労とも取れない言葉を掛ける。
 夕暮れにはまだ早いが、傾き始めたカリフォルニアの太陽が、強い日差しを避けるための退避場所であった木陰にも侵入を始める。
「ウチの眼力も衰えたもんやなー」
「恋は盲目って言いますもの」
 沈黙は肯定を表す。
 何をするでもなく佇む葵は、その胸の内で生まれた混迷の波に飲まれていた。

 五人の男、そして、マリオン。
 捕縛した計六人は、ソフィアによってロサンゼルス市警に引き渡された。それらは表に出ぬよう秘密裏に行われた。事件を表沙汰にしたくない大学側と、素性を秘匿したいソフィアの思惑が一致するためだ。
 警察組織からの依頼は、事件解決を公にしないことが絶対条件となる。それは、説明がつかない証拠による解決になることがほとんどだからである。

「あら、待ち人到来みたいですよ、私は退散しますね」
 そう言い残したすすきは、何処ともなく姿を消す。
 すすきの代わりに現れたのは、筋肉隆々の大男だった。
「J・Jはんか」
「やぁ、覚えてもらえているとは光栄だな」
 J・Jは握手を求めて手を伸ばす。
 葵がその手を掴んだ瞬間、J・Jは葵の手を強く握り、その場に組み伏せようと試みた。……が、それは失敗に終わる。
 J・Jの巨体は、くるり、と空中で一回転して地面に落ちた。
「…っ!」
「怪我はあらへんか?」
「ない、大丈夫だ。優しく落としてくれたからな」
 葵はJ・Jを引き起こして、改めて握手を交わす。
「“試してやろう”っちゅう気配がビシビシ伝わっててん」
「驚いた、そんなことまで分かるのか」
「詳しくは企業秘密や」
「すまない、日本のジョークは分からない」
「何もボケてへんよ」
「実は、会って欲しい男がいるんだ」
「どうやら合格やったみたいやな」
「奴を助けてやって欲しい」
 J・Jは一度視線を地面に落としてから口を開いた。俺では力になってやれないんだ、と悔しそうに。
「そないなことあらへんよ」
 葵は、にっと白い歯を見せて笑った。

 *  *  *

「じゃあ俺はここで待っている」
 そう言ってJ・Jが足を止めたのは、UCLAの南側入口に程近い広場の一角だ。太陽も傾き始めたというのに、出入りする人の流れが止まることはない。
 葵は、行き交う学生の一人がサーティーワンのアイスクリームを頬張っているのを見て、このあと誰が何を言おうとアイス屋に駆け込むことを決めた。

「やっぱり、アンタやったか」
 足早に交差し続ける人々の中で、唯一立ち止まっていた男。
「バレていたのか」
「いんや、気付いたのはついさっきやねん」
 不健康そのものといった蒼白な顔色で、目の下には分厚い赤紫の隈がある。
「まずお礼を言わなきゃな、あいつらを捕まえてくれてありがとう」
「マックス」
 葵は返事の代わりに男の名を呼んだ。
「あいつらは、僕の体液に催淫作用があることを知って、それを悪用していたんだ。信じてくれるかい?」
「どうやろな?」
 マックスは、どちらとも付かない葵の返事を聞いて満足気に笑う。
「僕は生まれた瞬間からこうだった。母親の胎内にいるときから意識があった。学校に通い出してすぐ、自分が周りと違うことに気付いた。教会にも行ったし、病院にも行った。挙句は精神疾患扱いで、こうして安定剤を処方されている」
 マックスはピルケースを振ってみせる。
「そうであることを願って飲み続けているけど、今のところ効果は実感できてない」
「そら難儀やなぁ」
 マックスは、葵の肩越しに小さく見えるJ・Jに視線を飛ばす。
「J・Jはフットボールのプレーヤーなんだ。チームに入りたての頃、才能を妬まれていてね、彼を襲う計画を立てたチームメイトがいたんだ。ハイスクール時代から知ってるけど、とてもエキサイティングなプレイをする素晴らしいプレーヤーなんだ。今度見に行くといいよ、テレビでも中継されるけど、スタンドから見た方が良い」
「ほんで、助けたときに正体を知られてしもたんか」
「正体を知ったJ・Jは僕になんて言ったと思う? 『薬なんか止めろ』だよ。おかげで薬を飲み過ぎることはなくなったよ。飲み過ぎると今もまだ怒られる」
「ええ友達やんか」
「それが初めてだよ、モンスターで良かったと思ったのは」
 マックスは、どこか温かみのある微笑みを浮かべていた。