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竜が見た夢――澪姫燈恋――

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第三章   背負った罪




 水がない場所を瑠璃は知らない。水を通して、彼女は様々な場所を知る。
「……」
 水鏡に映ったものをつぶさに見つめ、それから少女は立ち上がった。
 穏やかなこの地に、穏やかではないものが来るから。その対応のための指示を出さなくてはいけない。


 国の最東、水の竜のために作られた宮を囲むようにある村。さほど広くはなく、けれど水の竜の加護がもっとも強い土地。
 農業と酒造りを生活の糧とする静かなその村にこの日、あまりにも村の空気に不釣合いな者たちが集団で現れた。
 彼らは村に足を踏み入れ――戸惑った。外に出ているものが、一人もいない。
 捨てられた村ではない。人の気配は確かにあるのだから。――竜の宮がある地を捨てるなんて話、聞いたこともないが。
「これはいったい……」
 先頭に立っている、一番年嵩の男がぽつりと呟く。
 と、前方より人がひとり歩いてきた。
「外の方々、水の竜様を祀るこの村に、いかなる用にございましょう」
 三十代と思しきその女は、宮に仕えるものの衣装を纏っている。その所作も洗練かつ慎ましやかだ。
「……数日前、この地にひとりの男が来たはず。そのものは我らの部族のもの。引き取りに参った」
 異様な空気にうろたえたのも束の間。男は威厳に満ちた声で言葉を紡いだ。しかし女は女で厳粛なる空気を崩さない。
「――そのようにおっしゃる方々がいらしたら宮へお連れしろと命じられております。どうぞこちらへ」
 滑るように背を向け、歩き出す女。彼らがついてくることを疑っていない。恐らく、ついてこないのならばそれで構わないと考えているのだろう。
 しばし迷うも、男もまた歩き出した。他の者たちも彼に従う。
 彼らの部族の『咎人』が傷を負いながらも逃げ、この村に逃げ込んだことは分かっている。そこから出た様子がないことも。どうして引き返せようか。
 訪問者の中で唯一の女が――少女と言っても差し支えないだろう年頃だ――沈黙に耐えかねたかのように口を開いた。
「ここに住む人たちはいったい?」
「巫女様はあなた方の訪れをそのお力により察知されました。ここは静かな村……騒々しいことには慣れておりませぬ。ゆえに無用な混乱を避けようと、閉じこもっているよう触れを出されたのです」
 水鏡で村に近づくもののことを知り、閉鎖的な村が常に取っている対処法を取った。
 異なるものに接する人間を極端に限り、あとはただ過ぎるのを待つばかり。受動的なあり方。それしか知らない。
「別に荒らしに来たわけじゃないわっ」
 騒々しいという言葉が気に入らず、少女は声を荒げた。それを男がいさめる。
「蘇芳、やめなさい」
「だって!」
「我々が招かれざる者であることは事実だ。――だが、我らが争うために来たわけではないことはご理解いただきたい」
 部族のものを引き取りにきた。用が済めばすぐに立ち去ると、静かに訴える。
 だが女には取り付く島がなかった。
「すべては巫女様が判ずることにございます」
 彼らの前方には宮が見えていた。

 いずれは追いつかれると分かっていた。早々に立ち去るべきなのだと理解していた。だけど出来なかった。
 その理由を、認めることに抵抗があった。

 気まぐれに戒の前に姿を見せる神に『ついてこい』と言われ、宮の入り口で待機させられた時から予想はしていた。どこまでも迷惑をかけることしか出来ない自己嫌悪に、戒は静かに座して待つ瑠璃の、横顔さえも見られない。
 宮へ近づく集団の影が見えてきたとき、何かを覚悟した戒は身動き一つせずに己の身体の調子を探った。――それを静かに観察する、蒼い瞳には気づかないで。
「――戒さん!」
 久方ぶりに聞く蘇芳の声。それは胸を痛ませる「かの存在」を思い出させる。
 彼の犯したことを知っているだろうに顔を輝かせて駆け寄ろうとする少女を、隣にいた男が止める。
「……剛野殿……」
「久しいな、戒」
 幼い戒に戦い方の基礎を叩き込んだ男。今でも部族屈指の実力を持っている。
「私は――」
『我が神域を乱しておいて一言の謝罪もないのか、お前らは』
 会話を遮る絶対者の言葉。剛野と蘇芳をのぞく「追っ手」たちは気色ばむけれど、それをも剛野は抑える。
「無礼をいたしました。我々はそこな戒と出自を同じくするもの。この度、奴を連れ戻すためにこの地へ参りました」
「……」
 恩義は、ある。彼のおかげで今の自分が在るも同じなのだから。だが、捕まるわけにはいかない。まして戻るわけにも。
 己が部族における自分が犯した罪の贖いを戒はよく知っている。それが決まりだとしても、従うわけにはいかない。たとえ――たとえ、彼らと刃を交えることになろうとも。
 身体に緊張をはしらせる戒。剛野と彼らに従う男たちにも同じものを感じる。
 神はともかくとして隙だらけなのは瑠璃と蘇芳。しかし蘇芳を傷つけるつもりはないし、瑠璃もきっと大丈夫だろう。――彼女個人の意思はどうあれ。
 剛野たちを案内してきた女はすでに下がっている。気を使う必要はない。
 緊張が高まりかけた、そのとき。
「……意思を無視して連れ戻されるのでは、困ります」
 静かな声が全てを攫った。
「――っ、巫女、どの……?」
 意を突かれた男たちの驚愕も、主の面白がるような視線もそ知らぬ素振りで。瑠璃は静かに言葉を紡ぐ。
「――戒、は、久方ぶりに得たわたしの守、です。彼の意思ならばともかく……そうではないのならば」
 あなたたちにおかえしできません、と。幼さを残す声が、場を支配した。
 「守」という言葉にもっとも動揺したのは、果たして誰であったのか。
「――本気で言っておられるのか、竜の従者殿!」
 男たちの一人が叫ぶ。ついで別の一人が。
「戒は我らが部族の長の娘の命を奪った罪人と――」
「戒の肩に刻まれた『二つ』の、咎人たる証は目にいたしました」
 傷の手当をした、そのときに。
 思わず左の二の腕を押さえる戒。それでも目は瑠璃から逸らせなかった。
 きつく自分の袴の布を握り締める少女。緊張か、それとも恐怖ゆえか。
 それでも瑠璃は目を逸らさない。
「ならば何故! 咎人と知って何故!」

『――言うてやれ、我が巫女。それがどうした、とな』

「なっ……!」
 言葉を失う男たち。ただ一人、剛野だけが静かに耳を傾けている。
 瑠璃が変化の乏しい表情で竜を見上げる。水の竜は嫣然と微笑んだ。

『守に求められるのは強さ。何者からも我が従者を守れるだけの』

 その結果、相手の命を奪うことになるとしても揺るがずに。

『そして我が従者を守るという意思』

 巫女、あるいは巫への思いやりなどその実どうでもよくて。ただ「それ」があれば、長き時を共に生きる相手としてありがたいだけのこと。

『それは強い。そして生への強い執着を感じた。少しでも長く生きる術(すべ)として、竜が従者は最適とは思わぬか?』

 少しというにはあまりにも長く。しかし竜にとってはきっとあっという間のこと。
「しゅうちゃく……」
 思いもよらぬ言葉に蘇芳は呆然と呟き。
 思っていた以上に見抜かれていた事実を暴かれ、戒は目を閉じた。恨みなどないけれど。