真人間
「あぁ、いえ…じゃあ、これで失礼します。」
暫く何も考えたくは無い。辺りも薄暗い。あぁ。廃墟にでも行こう。良い夢を見るんだ。
あの床の冷たさが丁度良いもんなんだ。
第6話
久々に良い夢を見た。正直、まだ夢の中に入っていたい。何度こう思ったことか。夢の中は良いもんだ。自分を慕う人間がいる。自分がしていて幸せだと思えることがある。楽しくて…楽しくて…楽しくて…
いや、やめよう。ここに戻ってきてしまった。夢の続きなど無い。床の冷たさが心地よい。現実も同じだ。これでいいもんなんだ。
今日は何をしようか。何もすることは無い。ただ歩くんだ。それで良い。
ただ歩くんだ。
廃墟を出るとやはり見慣れた光景が広がる。アホ面した町だ。汚い連中め。
誰かが、誰かを罵倒し、怒鳴り付けている。少しは静かに出来ないのか。
女物の下着が落ちている。何だ裸で出歩く女がいるのか。この女の汚い裸など、誰が見たいんだ。
黒い煙など吐くな。あの工場だけに言えたことじゃあない。自分含めこの町の連中全員に言ってやるさ。
バカな連中だ。アホな連中だ。散々貶してやっていると言うのに誰も黙らないのか。
まぁ良いさ。取り敢えず歩こう。何処に行こうか…行く場所等無い。
ここで死ぬのを待っていても良いさ。死ぬ勇気等あるものか。
あんなアホ面した連中よりも劣る自分は一体何なんだ。死ぬだけの存在か。あぁ、死ぬのは嫌なんだ。
誰もがそう思うじゃないか。
誰もがそう思うのに死のうとする連中がいるんだ。奴らは一体何を考えて死んでいったんだ。
可哀想な奴らだ。あんなのが生きていて、死ぬのはあんなのに入れなかった連中か。
同情だってするさ。ただ、それ以外何も出来やしないさ。
自分を棚に上げたってどうしようも無いさ。
…そうか、あんなのが嫌だから、死んでいったか。それは悪いことじゃない。誰しもが思うことだ。
あんなのの中で死にたくないと考える俺とあんなのの方が異常だ。
どこまで俺は歩いた。ここは何処だ。あぁ。路上に頬を付いて倒れ込んだか。何も食べずに歩けるワケが無いさ。
冷たい…涙だって、鼻水だって凍るさ。
第7話
「おい!こんなとこで寝てんじゃねーよ。」
何か声が聞こえる。
「何、こいつキモーイ!」
女の声…か…痛い…腹を蹴られた…
「おい!何か、反応しろよ!おい!」
出来るワケ無いだろう…
「おい!ゴミ!起きろ!おら」
「なになに、サンドバッグにでもするの~?」
なんだ。胸ぐらを掴まれたか。
「おらぁ!」
痛い…痛いだけだ…声すらもう出やしない。
「アハハハハ。顔超キモーイ。ウケンだけど!」
良く笑う女だ。
「はい!俺選手止めのボディアタックゥ!」
「ゲフゥ!?ゴフゥ!?」
「アハハハハ!何言ってるか全然分かんなーい!超ウケる~」
………こんなのが………こんな…の…が…
「こうして、悪は滅びた!」
「超オモローイんだけど!悪とか!超ウケる~」
あぁ。あれが正義か俺が悪…か…
「!?ゲフゥ!?ゴフッ」
「ヤバい~笑い過ぎて超お腹痛い~」
「次また路上で出会ったら覚えとけよ!」
…何がだ。
「ゲフゥ!」
弱い俺が悪い…か…。
「ガハッ…ハァーハァー 」
死ぬか…俺は…これで終わりだ。
「ガハッ…グッ…グハッ…」
良くあんな連中はこんな世の中で生きれるものだ。あぁ。やせ我慢だろう。ホントは死にたくて仕方ないんだ。
これで終わりだ。死は心地良い。こんな俺にも優しく平等だ。
本当に何故奴らは死なないで生きれる。異常だ。
死の方があんな連中より優しいとはどういうことだ。
本当にわからないこともあるもんだ。
第8話
白い…雪か…いや…天井だ…どうなっている…あの世か…いや…俺が行くとしたら…赤黒い方だ…
白いカーテン…暖かい…毛布のような…そうか…病院か…
……誰だ…誰が俺をここに運んだ…馬鹿な奴め……俺だったら無視するさ…
…病院は嫌いだ…ここにいる連中は…あの白い壁に…ハエを叩きつけても…何とも…思わない…俺には…ハエの肉片で…真っ赤に…染まった…壁にだって…見えるさ…
…………出よう…ここから出るんだ…せめて…路上で死ぬんだ…
とにかく歩こう…倒れても這いつくばれば良いさ…ここから出るんだ…
廊下に出れた…か…
「ガハッゴホッ……ハァハァ…」
「やめとけ」
「誰だ…」
「路上で血吐いて倒れてたあんたを救ってやった男だよ。誰にやられた?」
「関係無いだろう…ガハッゴホッ……」
「何処に行こうとしてた。」
「行く場所等あるもんか…」
「じゃあ、まだここにいたって良いじゃないか。」
「ガハッ!ゴホッゴホッ」
馬鹿な奴だ…こんなのを救ったところで何もないじゃないか…得なんかしないじゃないか…
「悪くはしないよ。まだここにいれば良い。」
迷惑だろう…迷惑に決まっているじゃないか…
「…一つ聴きたいんだけどさ、世の中って残酷?」
「……………」
そうに決まっているだろう。そう答えるしかないじゃないか。
「過酷で冷酷で助けなんて無い?」
当たり前のことじゃないか…なんなんだ…
「その…さ…何て言えば良いか分からないんだけどさ」
何なんだ。無駄な時間だ
「その…凄く難しいことかも知れないけどさ、君をそんな目に合わせた人達を許してやって欲しい。」
あぁ。許すさ。何だってあいつらは正義で俺が悪なんだからな。許すに決まっているじゃないか。
「その…色んな人がまだ…その未熟なんだ。きっと…馬鹿にしたがったり、見下したがったり、殴ったり、蹴ったり」
未熟なのは俺の方だ。馬鹿にして見下して殴って蹴って…それが普通だ。ただ…
「取り敢えず、その…ごめん…」
ただ、あんたが謝る必要なんて微塵も無いじゃないか…
あんたがそんなこと言う必要なんか全く無いじゃないか…
「体が良くなるまではここに居てくれ。その…赤の他人が何でこんなことするのか不思議に思うかも知れないけどさ…同情の一つだってできる人がいるってことをさ…その…覚えといて欲しいんだ…」
覚えたから何だって言うんだ。何だって言うんだ。バカなやつめ…
「まぁ、そこで泣くのもなんだろうからさ…取り敢えず、ベッドに戻ろうよ。ね。」
泣いてなんかいるもんか…糞ったれめ…糞ったれめ…
同情なんかで生きていけるものか…バカめ…バカめ…
第9話
「全く正しい」
何だ…
「同情なんざで生きていけるかって?その通りだ。生きていけない。」
………
「皆、一人の力で生きている。その通りなんだよ。」
あぁ…やっぱりか…
「誰かの助け無しには生きていけないし、自分もそうだった。こんなのは自分をまともだって言い聞かせる為に言っているんだ。実際は誰もそう考えちゃいない。」
早く消えろ…
「自分の力で生きているんだ。この言葉程正しい言葉がどこにある?」
……………………