真人間
片方は自信が無いらしい。なんであんな奴と一緒にいるのかは知らないが、俺からしてみれば、こいつも達が悪い。きっと心の中で見下すことだけを考えてる。あんな奴と一緒にいるんだ。見下すことできっと、頭の中が一杯だ。だが、こんな自信の無い奴に頭の中で見下されたって何とも思わない。強気な片方もそう思って見下してるさ。
こう考えると、両方とも抱いたって良い。どちらも俺と同類だ。頭の中で見下すことだけ考えてる。
何でこんなに見下す、見下さないかってことが重要なのかって?自分をまともだと思いたいからだ。安心したいんだ。あの二人だってそう思うさ。
他人を見下す自分は非常にまともなんだ。まともってのはそうゆうときに感じるものなんだ。
結局、なんの進展もなく帰っていった。あんな奴に処女を奪われた女が可哀想だ。それと同時に異常な喜びも感じる。あんな男に処女を奪わせた女がいるってことにだ。コイツは傑作だ。散々馬鹿に出来る。見下せる。
いい心地に酔いしれながら、コーヒーをすする。うん。旨い。
第4話
チリン
また音がなった。男二人組だ。太っちょとひょろか。また俺の後ろの席だ。まぁいいさ。面白い話の一つくらいして欲しいもんだ。
「えーと、これ、なま、む…?」
太っちょが困惑してる。
「生姜だろ。」
「しょ、生姜焼き一つ」
「俺は、コーヒーだけで良いや。」
片方しか食べないのか。
「お前さー、そんなのも読めねーの?」
ひょろい方の奴だ。
「いや、まあ」
「お前さ、これくらい一般常識って奴でしょ?それで良く文系とか言えるよな。」
ここで、ニヤついてしまった。こいつはどうやら頭があまり良くなさそうだ。だが、こういう奴は好きだ。自分もあの立場であれば同じことを言っていたであろう。
「漢字が読めれば文系ってわけじゃないだろ?例えば、人の心を読んで、その場の空気を読むのだって文系的だと思わないか?」
おぉ、見た目弱そうなくせにこの太っちょも中々強気なようだ。しかし、こいつは嫌いだ。
「は?これは一般常識だろっつーの。話そらしてんじゃねーよ。文系がこれくらいの一般常識知らなくてどうすんだって言ってんだよ。」
良いぞ。もっと言ってやれ。
「別にちょっと読めなかったくらい、どうでも良いだろうが。何でそんなにつっかかってくんだよ」
こいつは何も分かっちゃいない。頭の悪い、俺みたいな奴だって意地の一つ位はあるもんだ。
「は?だから、何で文系のくせにこんなのも読めねぇんだつってんだよ。」
もはや会話がかみ合っていない。やめてくれ、手が震える。苦笑しながらコーヒーは飲めない。こんなに楽しい会話を聞ける機会なんて滅多にないさ。
「だから…別に…」
「別にってなんだよ。おい、口答えしてんじゃねーよ」
ひょろい方の奴がホントに相手を見下しきった声で言う。太っちょの奴はホントにムカつく奴だ。場の空気が読めれば、漢字は読めなくても良いのか。もっと言ってやれ。本当に楽しい。
「文系にだって色々いんだよ。人の気持ちを理解しようとする奴とか、お前が言うように、沢山の漢字が読める奴とかさ。国語のテストだって、漢字テストばっかじゃなくて、登場人物の気持ちになって考えさせる問題とかあるだろ。俺は、そういう方が得意だったんだよ」
人の気持ちを考えるのが上手いなら、目の前にいる奴の気持ちも読み取ってやれよ。負けを認めろ。頭が悪いと言うんだ。そうしないと
「良い大学出てるくせにこんなのも読めないのか。文系の屑だな。」
ひょろい方の声だ。泣きだしそうな声にも聞こえる。同情だってするさ。可哀想だ。きっと、頭が悪いという自覚で頭の中が一杯なんだ。
他人を見下さないとやっていけないんだ。
「わかったよ。そうだな。俺は文系の屑だよ。」
あぁ、スッーとする。良い気分だ。
「わかりゃ良いんだよ。」
そうだ。初めからそう言ってほしいもんなんだ。俺らからしてみれば。頭の中が軽くなる。そうだ。勝ったんだ。奴が負けを認めた。ざまぁみろ。文系の屑め。
頭の良い奴は嫌いだ。漢字が沢山読める文系も、人の心を読むのが上手い文系も。奴らは不気味だ。気味が悪い。奴らに見下されると、俺と同類なくせにだ、非常に腹が立つ。
いや、あの気味の悪さは、心の余裕の大きさだ。自信の多さだ。そして、周りからの扱われ方だ。
俺よりも、余裕があって、自信があって、良い扱われ方をしている。それが非常に不愉快なんだ。
俺よりも安心できる。いや、待て、奴らは安心しながら見下せる。だから不愉快なのか?
俺みたいな奴は見下したって、現実に話を戻せば、駄目な奴だ。だが、奴らは…
良いさ。何だって良いさ。一つ思ったのは、早くこの店から出ようと言うことだ。あの頭の良い太っちょがいるところでコーヒーなんか飲みたくない。不味いコーヒーだ。こんなこと考えたって余計不愉快になるだけだ。気味が悪い。早く出よう。
チリン
第5話
全く世の中はどうなっているんだ。
今思えばあんな奴が女とヤれて俺はヤれないのか。
あんな太っちょの方が頭が良くて俺はあんなのよりも頭が悪いのか。
あんな醜く歪んだ顔した親父が金を持っていて、俺はたったの1000円か。
面白くないんだ。
「はぁ~。はぁ~。よっこらせと」
重そうな荷物を持ったババアだ。何でババアなのにあんなに沢山物を買うんだ。
「よっこらせと」
はぁ…
「重そうですね。良かったらお持ちしますよ。」
何を俺は言っているんだ。
「あぁ。すまないねぇ。」
何の為にもならないじゃないか
「いえいえ。家はどちらの方ですか。」
最悪だ。無駄な労力だ。誰しもがそう思うさ。
「あっちの方なんだけど…」
「家まで運びますよ。」
何だ。偽善ぶって。
「すまないねぇ。すまないねぇ。」
誰しもがそう思うさ。この辺は人通りも多いんだ。
「買いだめは出来るだけしといた方が良いんだよ。」
「へぇ、そうなんですか。」
他愛の無い話だ。時間の無駄じゃないか。
「しかし、今の時代何だか珍しいねぇ」
「いや、そんなことも無いですよ。」
いや、珍しいさ。あっちのアホ面した親父はあくびしながら歩いてるさ。あっちの学生共はきっとヤルことか、アホなこと考えながらどこも見ずに歩いてる。あっちの男女グループは俺がしてることに、痛いだの何だのといちゃもん付けながら笑ってるさ。
だが、それで良いもんなんだ。きっとそれが正常なんだ。
アホな行為してるのは俺の方なんだ。
だが、誰もがこれを本気でアホだと言いだしたら?
あぁ。良いさ。丁度世の中には滅んで欲しかったところだ。俺が先駆けになって世の中を滅ぼしに行こうかとも思ってたところだ。
滅ぼすだの言うと、誰もが言うんだ。こいつは頭が悪いだとか、他人の幸せを壊そうとしているだとか。
これが見下しあってまともな感覚を取り戻してる連中が言うまともな言葉なんだ。
滅んでしまえ。本当に。
「ありがとうね。ここで大丈夫だから。」
思わずハッとしてしまった。