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雨つぶチャッピの冒険

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「どうかしたの、チャッピ?」

「チャパに会った・・・」

「えっ、ほんと?すごいじゃない! で、チャパはどこにいるの?」

「チャパは、消えた・・・」

ぼくはどす黒くよどむ川面を見つめた。

「”お前さんにはまだやることが残っている”って言って、ぼくを助けて・・・」

「そうか・・・」ルルも川を眺めながら言った。「チャパは、ほんとうの伝説になってしまったんだね」

丸い舟は流されるままに、狭い川を静かに下った。

チャパとの別れはつらかったけど、ルルに再会できたことがうれしくて、ぼくはこれまで起きたことをルルに詳しく話した。

ルルも、ヒコーキからはじきとばされたあとの出来事をぼくに話してくれた。

それによると、ルルは山のてっぺんの高い木の葉の上に不時着したそうだ。そのあとは、ぼくの居所を尋ねてあちこち探し回ったらしい。話の中に、葉っぱのハリーや、土蜘蛛のエリス、黄金虫のカールなどいろいろな名前が出てきて、聞いているだけで楽しかった。

ルルの話は楽しかったけど、丸い舟の乗り心地はひどかった。

風にあおられてくるくる回るし、ほんの小さな波でも大きく揺れる。気分が悪くなって、ぼくとルルは、いつしか黙りこんでしまった。

狭い川はやがて大きな川に合流した。川に両岸には細くて背の高い塔のある建物がいくつも見えてきた。塔の先から赤い炎を吹きあげるもの、白い煙を吐きだすもの、さまざまだった。

ぼくたちは流れるまま、流されるままに川を下った。

大きな川に出たことでいくぶんましになっていた舟の揺れが、また大きくなってきた。吹きわたる風の匂いも何となく変わった気がした。

ルルはジャンプしてあたりを見回した。

「海に出たわ」




Volvicの白い小舟は、波立つ海をただよった。

「ルル、これからどうするの?」

「海が荒れてるわね。上昇気流がきっと近くにあるはず」

「じょうしょうきりゅう?」

「空に向かって吹く風のこと。それに乗れば天空に戻れるの。どこかなぁ、上昇気流?」

ルルは海の向こうを眺めた。

ぼくは舟べりにもたれて、ぐったりした。

とても疲れていたから。それに、きょうはほうんとうに大変な一日だったから。

ぼくは何気なくルルに言った。

「ルルはいつもこうやって天空にかえるんだね」

するとルルはぼくのほうを向いて、大声で怒鳴った。

「いつもはね、カモメやアビや、ときには白鳥の背中に便乗させてもらって、優雅に旅を楽しむの。それがきょうときた日には、あんたが迷子になるものだから、こんなみすぼらしい舟で荒れた海をゆらゆら。ぜんぶ全部、あんたのせいよ!」

ルルが急に不機嫌になったので、ぼくは面くらった。

「怒ってるの、ルル?」

「怒ってない」

「ほんとうは怒ってるんでしょ?」

「ほんとうに怒ってない!」

「やっぱり怒ってる」

「今、上昇気流を探してるんだから、横からぐちゃぐちゃ言わないの!」

また、怒られちゃった。

ぼくはしょぼんとして黙りこんだ。すると、ルルがぼくのところにおりてきた。

「ごめんね。ついイライラして言い過ぎた。チャッピ、あんたは悪くないよ」

「ほんとう?」

ルルは微笑みながらうなずいた。

「ぼくも姉さんに言ったこと、守るようにするよ」

「仲直りね、チャッピ」

「そうだね、ルル」

ぼくはちょっぴり元気になった。ルルのとなりで上下に揺れる海を見つめた。

海を眺めていると、遠くのほうで白くチリチリしたものが横一線に連なっているのが見えた。それは少しずつ盛りあがっている。

「ルル、あれは何?」

ぼくが言った方角を、ルルはじっと見つめた。

「大変、チャッピ。大波よ。この舟じゃもたないわ」

「もたないって?」

「ふたりとも海に投げだされてしまう」

「海に投げだされたら、どうなるの?」

「チャッピ、あんた泳げる?」

「泳げないよ。泳いだことないもの。ねえ、泳げないと死んでしまうの?」

「死にはしない。けど、ずっとずっと深い海の底に沈んでしまうの。そこは真っ暗で冷たくて音のない世界。そして長い長い時間がたってからでないと、そこから天空に帰ることができないの」

ぼくはルルの言ったことをイメージしてみた。それはまるで、死と同じ意味のように思えた。

「そいつは大変だ!急いで泳ぐ練習をしなくちゃ」

「間に合わない」

「じゃあ、どうすれば・・・」

「ヒゲクジラ」

「ひげくじら?」

「そう、海の中であたしたちを助けてくれるのは、ヒゲクジラだけなの。チャッピ、ヒゲクジラを探して!」

「えぇ?わからないよ、ヒゲクジラがどんな形をしているのか」

「海の中のいて、とにかく大きくて黒いやつ」

「よくわかんないよ・・・」

ルルは懸命の海の中をのぞきこんでいた。ぼくも海の中を探した。

しかしヒゲクジラは見つからない。白くて小さいものばかりが海面をただよっている。

大波はいよいよ迫ってきた。目の前に怪物のような壁がそそり立った。

「チャッピ、あたしにつかまりなさい!」

白いしぶきを振り乱して襲いかかる大波に、小舟はひとたまりもなく呑まれ転覆した。

ぼくたちはなすすべもなく、荒れ狂う海に投げだされた。

「助けて、ルル!」

ルルにしがみつく間もなかった。

泳げないから沈む。頭を押さえられているみたいに、浮かびあがることができない。

もがいても、泳ぐまねをしてみても、沈んでいく。

「ルル!」

海の中で瞳をあけてみたけれど、ルルはいない。ミジンコ以外何も見えない。

青みがかった海中が少しずつ暗くなってきた。

ぼくはもう一度、心の中で叫んだ。

「ルル、ぼくはここだよ。チャッピはここだよ。ルル・コロン、どこにいるの?ぼくのほんとうの名前は、チャパリオラット・コリンタスキノス。チャパリオラット・コリンタスキノス。チャパリオラット・・・」

すると、どうしたことか。さっきまでの沈んでいく感覚がピタッとなくなった。

海の底に到着したようすではない。ということは?

ぼくは下を見た。真っ暗というより、真っ黒。とてつもなく大きくて黒いものが広がっていて、それが下から迫ってくる。

それは、列車よりも、ヒコーキよりもはるかに大きかった。

もしかして、ヒゲクジラ?

ぼくはその黒くて大きなものに押しあげられて、ぐんぐん海面に向かって浮かびあがりはじめた。そして、ドドドという地鳴りにも似た音とともに波を切り裂いて、いっきに海の上に浮上した。

ぼくは息を吹きかえした。

「そうよ、これがヒゲクジラ」

誰かが言った。ルルだった。ルルもその、ヒゲクジラの背中に乗っていたのだ。

「よかった、ルル。ダメかと思ったよ」

「チャッピ、あんたのおまじないが効いたのね、きっと」

おまじないじゃない。ぼくは自分の名前を叫んだのだ。そのつもりだった。

相変わらず海は荒れていた。

ヒゲクジラの尻尾の先から、次の大波がやってくるのが見えた。

今度のは、さっきより大きそうだ。

「ぼくたち、助かるよね?」

「わからない」

ヒゲクジラは輪を描くようにぐるりとひと泳ぎした。そして頭を左右に振った。何かの合図らしい。
作品名:雨つぶチャッピの冒険 作家名:JAY-TA