雨つぶチャッピの冒険
ルルがぼくに寄りそってきた。ぼくは言われるまま、ルルにしがみついた。
息をいっぱいに吸いこんだヒゲクジラは、そのときが来るのををじっと待っているようだった。
そして、いよいよ恐ろしい大波が襲いかかってきた。
次の瞬間、ぼくとルルは空高く舞いあがった。強い力でヒゲクジラの背中から吹きとばされたのだ。空中に放たれて、くるくる回転した。
けれどぼくはもちろん、ルルにも自らとぶ力はもう残っていなかった。
風に乗って、風にもてあそばれるまま、遠くまで流された。
ぼくたちは海の上ではなく、なんとか波打ち際の乾いた陸の上の着地した。残念ながらルルの言う、上昇気流をつかまえることはできなかった。
「住居不法侵入だぞ!」
ぼくは三角形の石につかまり、ぐったりしていた。するとその石が突然しゃべりだし、ぼくの背中を尖った先でつつき始めた。
「ごめんなさい。石ころだと思ったものだから・・・」
ぼくは、あわててそこからとびおりた。
「勝手に他人の家の屋根にあがりこむとは・・・。なんだ、雨つぶか」
「ぼくは、チャッピ」
「私はヤドカリ。本名は言えん。個人情報だ」
それは、巻き貝の殻にもぐりこんだ、からだのわりに大きなハサミを持つ生き物だった。
「ここはどこ?」
「ここか?ここは鉱石や溶岩のかけら、魚類や小動物の遺骨、はたまたプランクトンやサンゴの死骸が集まる墓場だ。海岸という者もおるが・・・」
ヤドカリの言うことは、やたら小難しくて、ぼくには半分も理解できなかった。
その海岸の、少し離れた岩かげにルルがいた。気を失って倒れているようだった。
ぼくはルルのそばにいきたかった。だけど、熱があるみたいにからだがだるくて、ジャンプする気力も体力もなかった。這っていこうにも、穴ぼこに足をとられて進めない。
ぼくはその場にあお向けに倒れた。灰色の空を見あげていると、不意にチャパの顔が浮かんだ。
『お前さんにはまだ、やることが残っている』ってチャパは言っていたけど、それはいったい何なのだろう?
それから、ほかのことも思いだした。
注意事項のふたつめは、ヒコーキ。みっつめはジャアクナヒカリ。ひとつめは何だっけ?
ふと、ルルのほうを見た。驚いたことに、ルルのからだが半分くらいに痩せしぼんでいた。
「ルル!」
声にならない叫び声をあげたとき、ぼくのからだをひとすじの光が射ぬいた。振りむくと、灰色の空の真ん中がセピア色に変わり、そこから眩しい光が四方八方に広がっていた。
「ジャアクナヒカリ・・・?」
ぼくは思わずそうつぶやいた。
「邪悪な光であるものか!」
訳知り顔のヤドカリだ。ジャリジャリと音をたてて近寄ってきた。
「あれはオヒサマ。万物を照らし、生命を育み、私たちに恩恵をもたらす神聖な光だ!」
ヤドカリはそう言うと、オヒサマの光をからだいっぱいに吸いこんで、ハサミをカチカチとうち鳴らした。
ヤドカリとは逆にぼくは、自分のからだから精気がどんどん吸いとられていくのがわかった。
「雨つぶよ、君らには、ちと辛かろうがな。これも宿命だ」
からだが熱くなって、いまにも溶けそうだった。
ジャアクナヒカリも、シイセイナヒカリも、どっちも嫌いだ!
そう思ったとき、オヒサマに負けないくらい強く鮮やかな光が天空を駆けめぐり、空をすべて覆いつくした。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
七色に輝く光の帯が、ゆっくりとおりてきた。
「雨つぶよ、ぎりぎりのところで幸運の女神さまが微笑んだな。ママのお迎えだ」
「ママ?ママが来たの? どこにいるのさ?ぼく、ママを見たことがないんだ。ママの声を聴いたことがないんだ」
ヤドカリに訴えたつもりだったが、声になっていなかった。
ヤドカリは肩をすくめて帰っていった。
七色の光はまずルルを優しく包みこんだ。すっかり小さくなったルルは、キラキラと輝く光の中に消えていった。
そしてぼくも、七つの光に包まれた。音楽のような柔らかな光が、ぼくのからだに満ちてきて・・・。
それからあとのことは、憶えていない。
「起きてる?チャッピ」
ルルだ。ピョンピョン跳ね回っている。
ぼくは綿毛の寝床から抜けだして、眠い瞳をこすりながらルルにあいさつした。
「おはよう、ルル」
「どう、少しはとべるようになった?」
「えっ?うん、たぶん。あっ、全然ダメかもしれない」
「もう、チャッピったら。いつまでも寝ぼけてないで、出かけるわよ!」
「出かけるって、どこへさ?」
「決まってるだろ。冒険にいくのさ!」
ルルの声ははずんでいた。そして輝いていた。ぼくは大きく瞳をひらいた。
「うん、冒険にいこう!」
ぼくたちは、大空にジャンプした。
END
作品名:雨つぶチャッピの冒険 作家名:JAY-TA