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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ

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「独身でいたほうが良かった、って思われたこと、ないですか? 子供がいなければ好きなように働けたのに、って」
 吉谷は、まつ毛の長い目をしばたたかせると、美紗の問いに即答した。
「全然。子供が生まれたらライフスタイルが変わるのは、当たり前なんだし。それまでやってきたことに固執したって、しょうがないじゃない。私は8部の仕事に合わない人材になって、8部の仕事は私に合わなくなった。だから自分に合う職種に変わったの。そういう意味では、今でも好きなように働いてる。また地域担当部でやれる状況になった時に、古巣の8部からお呼びがかかればラッキーだなー、なんて思ってるけど、あまりこだわりはないかな」
 吉谷は、軽やかな笑みを浮かべると、残り少なくなったコーヒーを飲んで目を細めた。美紗の心の奥底で数年もの間凝り固まっている疑念は、経験豊かな大先輩にとっては、愚問でしかないようだった。美紗は、恥じ入りながら、不躾な質問をしたことを詫びた。
「美紗ちゃん、今いくつだっけ?」
「二四です」
「そっか。まだ若いもんね。いろいろ考える時期だろうけど、いつでも、何か楽しいことを探してれば、結構いいことあるって。無理に富澤クンを愛でろとは言わないけど」
 吉谷は、「またいつかランチ付き合ってくれる?」と美紗に問いつつ、席から立ちあがった。店の壁時計が十二時四十分を指していた。

 昼休みが終わる間際の女子更衣室では、五、六人が部屋の真ん中に置かれたテーブルを占拠して、とりとめのない雑談に興じていた。他にも、数人がそれぞれのロッカーの前で身支度を整えている。美紗は、吉谷に続いて、遠慮がちに部屋に入った。更衣室にこれほど人がいるのを見たのは初めてだった。自席で出来あいの弁当を食べ夜遅くまで仕事をすることの多い美紗は、人が集まる時間帯にこの場所に来る機会がほとんどなかった。
 吉谷は、かつて所属していた第8部の職員らしい数人につかまり、楽しそうに仕事絡みの話を始めた。賑やかに話す面々は、三十歳手前から吉谷と同世代の四十代前半まで、年齢にかなりの開きがあるようだが、皆、実力に裏打ちされた自信に満ちた顔をしているように見える。とても、その一団の中に入り込む気持ちにはなれず、美紗は隠れるように部屋の隅に移動した。