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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ

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「一日中ぶっとおしで仕事ばっかしてると、心がまいっちゃうよ。うつ病防止に、コーヒーでも飲みながら『王子様』見てリラックスできるといいんだけど。美紗ちゃんの好み、いないかなあ。事業企画課あたり、どうだろ」
 吉谷は、大きな目をくるりと動かし、頭の中で、第1部所属の男性陣を検索し始めた。目鼻立ちの整った顔がいたずらっぽく笑うと、華やかな空気が辺りに広がる。年齢を感じさせない雰囲気を作り出しているのは、人目を惹くスタイルや優雅に着こなすブランドスーツだけではないのだろう。美紗は、羨望の眼差しで吉谷を見つめた。「王子様」探しより、吉谷の経歴の方に興味を覚えた。
「8部にいらした時は、情報関係のお仕事だったんですか?」
「うん、そう。中途採用で入省して、最初の7年間はずっと8部。私は在欧企業で働いたことがあるから、それで、入ってすぐに欧州関係のところに配置になったの。でも、子供が生まれたら、やっぱり同じ仕事は続けられそうになくて。美紗ちゃんとこもそうだと思うけど、地域担当部も専門官はどうしても即応性が求められるから、やっぱり、子持ちじゃね……」
「それで、総務に変わったんですか?」
「まあね。1部の文書班に来れば幹部待遇にしてくれるっていうから異動して、今に至るってわけ」
 吉谷が班長を務める総務課文書班は、種々の文書の発簡手続きや秘文書の授受に関わる管理業務を担う部署だった。
 いわゆる「ノンキャリア」である事務官の職種は、専門分野ごとにいくつかに分かれているが、総務、人事、会計などの一般行政系と、情報業務を含む語学系は、採用の時点で別々に取り扱われ、入省後のキャリアパスも全く異なる。途中で職種を変更するケースは、皆無ではないが、さほど多くはない。別の分野に転向すれば、一から経験を積みなおす手間とストレスを抱えるばかりで、特にキャリア上有利にもならないからだ。

「産休明けの時は、もちろん迷ったけど、気兼ねなく働けるほうがいいと思って、職種転換したの。孫の面倒見てくれるじじばばも近くにいないし、旦那も主夫じゃないから。まあ、職無しパパじゃ困るけどね」
 艶のあるセミロングの髪をふわりと揺らした吉谷は、働く既婚女性なら誰もが一度は抱えるであろう問題を、カラリと話した。望まぬキャリア変更を余儀なくされたであろう彼女は、それでも、輝いて見える。それが、美紗にはひどく不思議に思えた。