カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ
「あの時は他人のプライベートを好きなだけいじってたくせにさ。何言ってんのって感じ。見てて腹立つわホント」
「うちのシマ、いつも変な話しててうるさいですよね。お仕事の邪魔になって、すみません」
かみ合わない美紗の応答に、吉谷は一瞬、沈黙した。若い女性職員が彼氏に振られてすっかり意気消沈している、と「直轄ジマ」の男どもが面白半分に騒いでいたのを、当人はまるで気付いていない。そう察した吉谷は、慌てて話題を変えた。
「まあ、あのクソ先任に頭にきたら、富澤クンのお顔でも見て、気分転換して」
「富澤3佐のことですか?」
美紗から見れば七、八歳は年上の3等陸佐も、大先輩の彼女にとっては、十歳年下の可愛い「富澤クン」になるらしい。
「彼、なかなかのイケメンだと思わない?」
「そ、そうですか?」
予想外の軽い言葉に、美紗はうっかり不同意の意思表示をした。富澤は、確かに陸上自衛隊の制服が似合う男性的な顔立ちだが、巷で言われる「イケメン」のイメージに比して、かなり骨太く、いかつい雰囲気に見える。
「えーっ、全然興味無しなの? 何てもったいない。だったら、私と席替わってよ」
「でも、富澤3佐は結婚してますよ」
「そうだけど、イケメンはイケメン。彼は私の『王子様』だから」
形の良い唇の端を上げて艶っぽく語る吉谷も、実のところ既婚者だ。毎日、ほぼ定時に職場を出て、自宅近くの保育園に子供を迎えに行く生活を送っている。
「私にだって、年下のイケメン君を愛でる権利ぐらいあると思うの。見て楽しい『王子様』でもいたほうが、仕事に来るのが楽しいでしょ」
すまし顔を作る吉谷に、美紗もようやく顔をほころばせた。密かに「王子様」と呼ばれていると知ったら、生真面目な富澤は卒倒するかもしれない。そんなことを思ってクスリと笑うと、胸のあたりが少しだけ軽くなったような気がした。
「しっかし、うちの部は見事にオジサン揃いね。私が昔いた8部と比べると、平均年齢が五歳は違うような気がする。はっきり言って、美紗ちゃん、つまんないでしょ」
「お仕事で手一杯ですから、まだとても……」
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ 作家名:弦巻 耀