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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ

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 母親の話によれば、父親は、美紗が実家に顔を見せなくなってからも、相変わらず自堕落に暮らしていた。貯蓄を切り崩して生活する五十代の息子を見かねた美紗の祖父母は、住み慣れた自宅を売ってまとまった資金を作ると、美紗の母親に一言の相談もなく、息子の家に乗り込んで来た。経済的な懸念を取り除いて息子の再起を促そうという年寄りの甘い期待があったのだろうが、美紗の父親は完全に再就職を目指す理由を失った。
「三人揃って、女は家で夫を支えるのが一番だ、なんて、バカみたいに毎日言ってるわ」
 祖父母が入ってきたことで、家の中が三対一の構図になり、母親は前にもまして父親への憎悪を深めたようだった。仕事の場を自宅から編集プロダクションの事務所に移し、そこに頻繁に泊まり込んでまで、家には極力いないようにしている、と語る彼女の顔は、汚物でも見ているかのように歪んでいた。
「何と言われても、絶対に家に戻ってはだめよ。お父さんなんて、今は『女は結婚すればいい』なんて言ってるけど、あと五、六年もすれば、じじばばも足腰立たなくなって、日常生活にも介護が必要になるんだから。美紗がもしその時に家にいたら、きっと老人の面倒を見る羽目になって、一生あの家に縛られるのよ」
 母親は美紗の目の前で、一度は真剣に愛したパートナーのことを、口汚く罵り続けた。

 私が生まれなければ、お母さんは、好きな仕事を続けていられたの?
 私が生まれなければ、お母さんは、お母さんの生き方を尊重してくれる別の誰かと結婚して、もっと幸せに生きられたの?
 
 美紗は、その疑問を押し殺して、多額の祝い金を受け取った。しかし、それから約一年後、母親は、美紗に何の連絡もせずに住民票を移した。「神谷」という人間の下に身を寄せたのは、おそらくもっと前のことだったに違いない。
 あの百万円は、母から娘への卒業祝いではなく、侮蔑の対象でしかなくなった男の血を引く子供に対する、手切れ金のようなものだったのかもしれない――。