カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ
部屋には、父親が海外の出張先で買ってきたお土産の置物や、母親が昔に手作りしてくれた編みぐるみが、家族旅行の写真と共に、所狭しと飾ってあった。彼らが人並みに娘を慈しんだ証と思っていたそれらのものが、すべてくだらないガラクタに見えた。もうここにはなるべく帰らないようにしよう、と心に決めた。
大学に戻った美紗はますます勉学とアルバイトに集中した。自力で住む場所を確保するためには、奨学金を受けるに足る成績を収めながら、卒業後の住宅資金を準備しなければならなかった。毎日を気楽に過ごす友人と、徐々に疎遠になった。恋人と言うにはあまりにも頼りない同級生とは、価値観が合わなくなり、いつの間にか別れていた。
就職活動を始めてから、国家公務員になれば宿舎を用意してもらえることを知った。可能性のあるところをすべて受験し、運よく防衛省の専門職採用試験に合格した。実のところ、防衛問題にさほど関心があるわけではなかった。実家の事情がなければ、防衛省を就職先として選ぶことは、おそらくなかった。
四年次の夏頃までには、両親とはすっかり疎遠になっていた。時折、母親はメールをよこしてきたが、美紗をいたわり励ます言葉がいかにも嘘くさく感じられ、返信はほとんどしなかった。やがて、母親からの連絡も途絶えがちになった。
卒業式が近づき、さすがに報告ぐらいはすべきだろうと思った美紗は、紋切り型の感謝の言葉と共に、無事に卒業、就職することになった旨を母親に知らせた。もはや、自分の行く末などに興味は示さないだろうと思っていたが、メールを送った数日後、母親は突然、大学の寮まで訪ねてきた。
「取材のために東京に出てきていた」と話した母親は、タイトなビジネススーツを着こなす、隙のないフリーライターに変貌していた。顔つきも、話し方も、美紗が知っている人間とは似ても似つかなかった。
母親は、「新生活の資金に」と言って、百万円の入った封筒を美紗に渡した。大金をどうやって工面したのかと聞いても、適当にはぐらかされた。
恐る恐る父親の様子を尋ねると、小ぎれいに化粧をした母親は、
「お父さんはもうダメよ。美紗も、早いうちに家から出て、ホント良かったわね」
と、冷笑を浮かべた。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ 作家名:弦巻 耀