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<未完成>

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 日本の若いタレントのほとんどが、俳優をやったり歌ったり広告に出たりリアリティショーにゲスト出演してコメントしたり、マルチに活動しなければならない環境にあることは知っているわ。ミコ、あなたはきっとその世界でスターになる。《もうひとつの声》で感情を表現出来るアクターも、歌いながら詩の意味や旋律が持つ《音のかたち》を伝えられるシンガーも、まだ日本どころか地球上のどこにも存在しない。あなたはラーをも超える世界的な表現者になる才能を持っているの。でもその能力を今はまだコントロール出来ていない。現にいまも、あなたはこの話が現実なのかどうか疑っているわね。わたしたちは喋る電球でもなければ、火星から来た宇宙人でもないわ。あなたは力が強過ぎて、心の声が漏れ出してしまっているの。結果としてあなたはもう取り返しのつかないことをしてしまったのよ。インターネット空間に《声》のタトゥーを残してしまった。遅かれ早かれ、世界中の能力者が、あなたに気付いたり、あなたの存在によって自分の能力に気付いたりし始める。その中には残念ながら、悪人もいる。そして、ミコ。あなた自身が悪になる可能性もあるわ。あなたは世界を征服するような、強大な悪にだってなれるのよ〉
 ミコは唾を飲み、そのかたまりがゆっくりと喉を伝って胃に落ちていくのを感じていた。テレビ番組で苦手なものを食べた時、不味いと思ったことはばれていなかっただろうか――。ドラマの撮影で何度もテイクを重ねてやっとOKが出た後、最初にやった演技と何が違うんだろうと思ったことは、その時の監督に悟られていなかっただろうか――。SF映画のような壮大な話に巻き込まれているのに、なぜか小さな失敗ばかりが思い浮かんだ。自分と悪とが結び付かない。世界征服したい気持ちなんて、ひとかけらもない。自分の中にある悪の可能性は、それほど大きなものではないように思う。
 だけど――。
 ミコは二人の話を信じた。ただ、彼らの話は、現実として受け止めるには余りにも壮大過ぎた。
 じゃあ結局、わたしは、これから、いったい、どうしたらいいんだろう――。
 気付かれないように自問しても、手掛かりさえ思い浮かばない。こんなことを相談出来る相手など、最初から誰もいないのだ。
〈ミコちゃん、このことは絶対に人に言っちゃ駄目だよ。頭がおかしいと思われるからね〉
 祖母の教えを思い出して途方に暮れた時、二人から現れた顔のない巨人に抱きしめられた。
〈残酷だけど、わたしたちが提案出来る選択肢は二つしかないわ。リタイヤして隠れて暮らすか、やりきるか、そのどちらかよ。プロパガンダや悪徳企業の広告塔に利用されないためには、作られたアイドルのままでは駄目。ミコ自身が強いカリスマになるしかないの。わたしたちはそこに向かうあなたを応援している。本気で演じて、本気で歌えば、その日は多分あっと言う間に来るわ。いずれあなたは、ラーに会う。ラーは欲望を否定しない。わたしたちと行動を共にして彼女の発信力を利用してもいい〉
 選択肢は二つ――。
 ミコは目を閉じて、自問した。
 答えは考える前から決まっている。この世界で成功することを目標に、ここまで必死で頑張って来たのだ。それに、もう自分の勝手な都合で進退を決められる時期は過ぎている。何もなかった自分にここまで良くしてくれるスタッフに、迷惑はかけられない。稼ぎ頭の先輩女優が抜けた今、事務所は大事な時期にある。社長の期待に応えて、恩を返さなければならない。
 やりきるしかない――。
〈さあ、ミコ。あなたのことを教えて。今までの人生を振り返って、その《心》を開けばいいの〉
 ミコは小さく頷き、目を閉じた。
〈田舎生まれの暗い女子の地味な思い出が、延々と続くだけですけど……〉
 おかっぱ頭の痩せた子供が、母にぶたれて泣いている。
 田舎に投げ捨てて来たはずの思い出は、もう他人の物のように遠く感じた。



12
 マッドマックス3は、駄作だと言われている。カーチェイスがほとんどなく、単調な割にストーリーが複雑だからだ。
 島田道久はその意見を否定しない。暫く前までは、島田自身も同じ感想を持っていた。しかし今、見方を変えれば、マッドマックス3ほど実験的で狂った映画は他にない。サブタイトルにもなっているサンダードームは劇中に出て来る闘技場で、そこに君臨するのは身長二メートルを超える巨人と、成人した小人のコンビだ。小人は巨人の脳として機能し、巨人の体を操っている。当然ながら二人は主人公に敗れるが、この斬新なキャラクター設定を考えたことだけでも、脚本家は賞賛に値する。マッドマックス3の実験と失敗が、三十年の時を経て最新の撮影技術で生み出された傑作、「怒りのデスロード」にもしっかりと生かされている。
 時間は戻すことが出来ない。失敗は教訓に変えて、次のチャンスに生かすしかない。
 俺は、俺の「サンダードーム」を成功させるのだ――。
 島田は〈行くぞ〉と念を送り、〈押忍〉と応えたタケシとの感度を測った。タケシの念から、ぴんと張った強い気合と、コンディションの良さが伝わって来る。
 百メートル先の針に糸を通すような集中力を額のあたりに感じながら、タケシの後に付いて階段を上る。その先はドアのない出口で、眩しい光がまっすぐに差し込んで来る。島田は雪駄の鼻緒が汗で湿っているのを感じた。まるでこれから自分が戦うかのように、体は心地良く興奮していた。

 ROLLIN’ INTO THE NIGHT
 マッドマックス1の日本上映版テーマソングになっていた串田アキラの名曲がホールに響き出すと、コアな格闘技ファン達が立ち上がって拳を突き上げた。夕焼けの一本道を想像させるような切ないイントロに、パンチの効いた串田の歌が重なる。
 知る人ぞ知る不遇の格闘家、島田道久。指導者の島田が選んだ入場曲に乗って、弟子の日向タケシが花道に現れる。興奮した実況アナウンサーが、泣き出す直前のような声で視聴者を煽った。
「人はこう言います。もし五年後に島田が生まれていたら――、もし今の格闘界に全盛期の島田がいたら――、格闘技の歴史は大きく変わっていたであろうと。時代に嫌われた伝説の空手家、島田道久。しかし、鬼の島田の遺伝子は、まだ終わってはいなかった。島田道久の唯一人の教え子。同世代では相手が居らず、島田の道場に出稽古に来る一流の格闘家とばかりスパーリングを重ねて来た文字通りの秘密兵器。使い古してボロボロになった黒い空手着に白帯。道着の胸には島田道場の文字。日向タケシ! エボリューションU18トーナメント一回戦、ついに見参。これは島田道久とその愛弟子――日向タケシによる、日本のプロ格闘界への復讐だ!」

 格闘技ファンは、因縁や伝説が大好きだ。
 格闘技イベントの主催者は、いつもそれを作り出すことに躍起になっている。
 大晦日の地上波で全国放送された興行「エボリューション」で、人気キックボクサー吉岡虎男の二歳下の弟、吉岡翔馬がデビュー戦を行い、兄同様の不良然とした風貌と、攻撃的で派手なファイトスタイルが話題になった。翔馬はまだ高校二年生で、二人は「横須賀のトラウマ兄弟」として一躍脚光を浴びた。
作品名:<未完成> 作家名:新宿鮭