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<未完成>

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〈あなたは多分わたしたちのイメージを共有しているわね。まるで自分の頭で考えたものを見ているみたいに。わたしたちが知る限り言葉を使わずに話す能力がある人は、あなたが三十八番目。その中で、イメージしたビジュアルを共有する能力があるのは、わたしたち、あなた、そしてラー、この四人だけよ。あなたを知りたい。でもあまり時間もない。試してみましょう。ラーは自身のステージコスチュームのデザイナーでもあり、わたしたちのイメージに合わせて服を着せる。逆に彼女の提案するコスチュームに合わせてヘアメイクをイメージしていくことも多い。わたしたちは、そうやって楽しみながらステージでのスタイリングを決めていくの。あなたもわたしたちのイメージするあなたに、自由に服を着せてみて〉
 ミコは桧森の頭の中に浮かんでいた和風のドレスを正確に思い出し、双子の生み出した像に重ねた。
〈すばらしい。能力としては完璧ね。でもこの服はあなたに似合わないわ。八十年代に少しだけ九十年代を混ぜたようなイメージ。しかもなんで裸足なの? ああ、これはあなたのエージェントの代表がイメージしている服なのね。つまり〉
 二人は同時に桧森の方をちらりと見たあと首を傾げ、音楽を聴くような顔をした。
〈あなたはあの女の頭の中が見えているの?〉
〈頭の中が全部見えているわけではないです。何か具体的な強いイメージを持っている時だけ、それを共有出来ます〉ミコは瞬時にそう答え、次の瞬間に新しい質問を受け取った。
〈いいえ、全ての人ではないです。雑音みたいな短いものや不鮮明なものを出す人を除けば百人とか二百人に一人のように感じるけれど、もっと少ないかも知れませんし、芸能界に限定すれば逆にもっと多いかも知れません。キャスティングディレクターの彼もそうです。彼が今見ている世界では、わたしたち三人だけがこんなふうに発光しています〉
 ミコは渡辺の見ている世界を再現し、双子と共有した。
 ミコは戸惑いを感じた。次に双子が伝えて来たものが、明らかに〈同情〉だったからだ。
〈それは辛いことね。わたしたちきょうだいも、お互いの突発的なビジョンを見てしまうことに長く苦しめられた。双子のきょうだい同士でも辛いのに、多感な時期に他人の頭の中が見えるなんて。もしあなたと同じ能力があったら、わたしたちは間違いなく狂っていたわ〉
 双子の眉間から現れた煙のようなものが二つ合わさって巨大な人型になり、その両腕がミコの体を抱きしめた。
〈わたしたちは、あなたの味方。ミコ。あなたのことをもっと知りたい。そのために、まず、わたしたちのことを伝えるわ。心を開いて。見て〉
人型の煙は相似形の二つに分かれ、二人の少年になった。



10
 白に近い金色の髪が、二つ並んで風に揺れている。幼い体に不釣り合いのサングラスをかけて歩き出したその街はヨーロッパのどこかのように見えるけれど、そこがアルゼンチンのブエノスアイレスだということをミコはもう知っている。彼らの手を引いている大人は彼らの親ではなく、向かっている先は孤児院だ。アルビノの遺伝子疾患で視力の弱い二人が羞明を我慢しながら繰り返し振り返るその日の空は、切ないほど赤い。
 数年の時が過ぎる。
 赤い抽象画が飾られた、群青色の壁。身動きが出来ない状態に縛られた、裸の二人。それを見ている養親の老人。断片的なイメージが現れる時には、すでにミコはそれが持つ意味を共有している。彼らの凄惨な記憶が、実体験のようになってミコの脳内に転写されていく。性的倒錯者の老人はファッションに精通した出版界の重鎮で、彼の欲望には狂った美意識があった。彼らにとって老人は性的虐待の加害者であり、憎悪の対象である。それにも拘らず、いま彼らはその男を恨んではいない。
 成長して身長が六フィートを超える頃、老人の推薦でファッションモデルになった二人は、すぐに世界的なセレブになった。アルビノの双子というモチーフは一流デザイナー達の感性を刺激し、大規模なコレクションの前にはいつも彼らの争奪戦が繰り広げられた。
 二十代半ばになってLAに拠点を移し、パーティーのような毎日を過ごした。遺伝子的な問題でアルビノは短命だと信じられていたその時代を彼らは自由に、退廃的に生きた。
 シャンパンとコカインに溺れ、現実と幻覚の境が曖昧になり始めた頃、老人が死んだ。
 老人は自ら特注で作らせた革張りの棺桶の中で全裸になり、自分の性器を半分切り落とした後、胸を突いて自死した。使われた刃物は日本の短刀で、それは老人が双子の虐待に好んで使った道具だった。双子の体には、その刀で刻まれた幾つかのしるしがあった。そのしるしの位置や形で、老人は幼い二人を見分けていた。
 遺言により短刀を胸に刺したまま全裸で埋葬された老人の死は、ゴシップだらけのファッション界やトランスジェンターへの差別に対する強烈なメッセージとして報道されたが、双子には個人的な謝罪にしか見えなかった。自傷してその血を少年にかける異常な性癖を持つモンスター。切り落としきれずに、皮膚を残してぶら下がった性器。胸に突き刺さった短刀。完全な終わり。その死に様は、双子に対する最後のメッセージ以外の何物でもなかった。
 葬儀を終えてLAに戻る機内で同じ空を見ながら、きょうだいは同じことを考えていた。死を身近なものとして意識し始めた二人は、酒と麻薬で衰弱死するだけの未来を変えることにした。
 全盛期のままモデルを引退した二人は美容の技術を一から学び、五年後にヘア・メイクとしてファッション界に舞い戻った。視力のハンデキャップは、四つの目で見ることによって解消された。彼らはお互いの視力を補い合いながら、美を創っていった。世界のセレブ達は競って彼らのスケジュールを押さえ、白い睫毛を持つ四つの瞳に至近距離から見詰められながら新しい自分が創られていく、特別な快楽に酔い痴れた。

 白いドレスの胸から噴き出す血飛沫。

 ラーに指名され、初めて彼女と出会った時が、次の転換期になった。
 ミーティングに招かれたニューヨークのペントハウスで、二人は初めてラーと出会った。 肉眼で見る彼女は、彼らの創造欲求を激しく刺激した。
 二人は興奮し、対峙したミューズのヘアメイクパターンを次々とイメージした。それは溢れ出すように生まれ、彼らは密やかに、その想像を楽しんでいた。
 そのイメージに、ラーはプレーンな白いドレスを着せた。
 それはどんなアレンジにも合うような、記号としての白い服だった。
 二人は、驚愕に〈心の目〉を見開いた。
 その胸には鍔があたるほど深く、日本の短刀が突き刺さっていた。
 細くしなやかな指を刀の柄に絡ませ、ラーは〈わたしは、あなたたちと同じです。そしてわたしは、あなたたちの仲間です〉と言った。
 刀の引き抜かれた胸から鮮血が吹き出して双子を濡らした。二人の心は丸裸にされ、傷跡だらけの体に暖かく柔らかい血液を浴びた。
 ラーは、双子の欲望を肯定していた。
 きょうだいは、初めて他人に心を開いた。

 色素の薄いアルビノの髪束が、床で弾けて散らばる。

 向かい合ってお互いの髪を剃り落としたその日から、Mr.HAIRとMr.MAKEを名乗り、ラーの専属になった。
作品名:<未完成> 作家名:新宿鮭