聞く子の約束
第2章 奪う勇気
午後からの試験監督を終え、後片付けをして会場を後にしたのは17時頃だった。僕はこの日初めて年齢を知り、想像していたよりちょっと年上の女性を、いきなり飲みに案内することに少し緊張していた。
(馴れ馴れしくしないように、気を付けよう)と自分に言い聞かせて、好印象を持ってもらえるように礼儀正しく接しようと思っていた。しかしこの道すがら、何を話していいのかもよく分からなかった。パブは歩いてすぐの距離だったけど、休日の夕方でも飲みに行くには少し早い時間だった。
案の定、広い店に客はほとんど居らず、カウンターの馴染みのバーテンとすぐに目が合った。彼はジェイソンという名前で、背の高いアメリカ人だ。(カナダ人だったかもしれない。)連れの森山さんを見るなり、大げさなジェスチャーで驚いて見せた。
「Oh my goodness!(おぉ どういうこと。)」
それは彼なりの応援のつもりで、僕が女性と二人で来るのは珍しいことだと言ってくれたのだ。
森山さんは英語が堪能で、ジェイソンと流暢に会話した。まだ僕の語学力ではまったく付いて行けなかったけど、時折ジェイソンが彼女の目を盗み、僕に親指を立てて「任せておけ」と言わんばかりに、合図してくれていた。僕にはそんな意図はなかったので、多少ありがた迷惑だったかもしれない。僕はコロナを飲みながら、ハイネケンのボトルを握り、楽しそうに会話している森山さんに見とれていた。
しばらくそうして立ち飲みしていると、次第に他の客が増えだしてきた。その店の特徴として、兎に角、周囲から声をかけられる。
「Hi there.(やあ、君たち)」
軽く挨拶程度の場合もあれば、同じテーブルに割り込んできて、
「How's your day going?(今日はどんな感じ?)」
じっくりと話す人もいる。つまり目が合えば、必ず一声かけるような状態だった。
しかしその日は、彼女に集中して声かけが行われていたように感じた。それほど森山さんは、周囲に比べても魅力的だった。
(そりゃ、あれだけニコニコしながら応えれば、男は誰でもイチコロだろう)
会話を聞いているだけの僕にも、森山さんは何度か話題を振ってくれたけど、まだ英語力が乏しかったので、あたふたする姿はなかなか格好悪かった。僕が話題に入っていけず、一人戸惑っているのを察してか、立ち続けもなんなので、テーブル席に移動することになった。それでも隣の席や先ほどカウンターで話した人たちが、入れ代わり立ち代わり彼女のところにやって来て会話していた。そんな時にも彼女はいつものとおり、親しみやすい笑顔で応じていた。
当然、僕は楽しくなかった。焼き餅だ。このままでは、本当に役立たずの男と思われてしまう。