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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
novelistID. 60014
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聞く子の約束

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 テーブルに摘まむものがなくなったタイミングで、彼女が気を利かせてカウンターにチップスを取りに行ってくれた。そうすると周囲の男性は、途端に会話が止まり、僕の周りに気まずい空気が流れ、静かになった。思ったとおりここは森山さん目当ての集団となっていたのだ。
 カウンターに歩いて行く彼女の後姿を目で追っていたけど、やはりその途中でも、声をかけられては立ち止まって話していた。カウンターからなかなか戻って来ない状況が長く感じた。彼女も時折こちらを気にしていたが、あっちの会話は延々と続いていた。実際は5分もかかっていないと思うが、僕は待ちきれずに意を決した。
(彼女を奪い返しに行こう)

 席を立ち、真直ぐに彼女の方へ、脇目も振らず歩いて行った。森山さんは僕に気付いた時もニコニコしたままだった。
「Look. She's a friend of mine. Can I take her away ?(あの。僕の連れなんだけど、連れて行ってもいいかな。)」
彼女と話している男性に対し、唐突に登場してこう言い放ったので、相手は少し後ずさりした。同時に彼女が持っていたトレーを奪い取り、席に戻ろうと促した。
 その瞬間、彼女の表情が「はっ」と赤面するように変わったのを、僕は見逃さなかった。そして彼女はなんとサイドステップで、つつつっと移動し、僕の背中に相手の男性から顔を隠したのだった。その時、予期せずも、(彼女のハートを掴んだ)と感じた。

 席に戻っても、まだ周囲が話しかけてきたが、それからの森山さんは、僕との会話を重視するようになった。テーブルでは向かい合わせで話していたけど、客が増えて店内は騒々しくなり、よく聞こえないので彼女が、
「こっちに来て」
とベンチシートの隣に座るように促してくれた。僕がピッタリと横に座ることで他の客からの防波堤にもなった。それからは肩と肩が触れ合う距離でいろんなことを話したが、僕は舞い上がって何を話したかなどまったく覚えていない。

 その後、ホテルに行って、朝まで・・・ということは無く、店の前でタクシーに乗る彼女を見送って帰路に着いた。ちなみにその時の代金も、全額彼女が支払ってくれていた。
「バイトで稼いだ日に、使い切ったらもったいないでしょ」
(昼に続いて夜も奢り。なんていいお姉さんなんだ)と、僕は彼女の魅力にはまってしまった。

 この日、成り行きで飲みに行くことになった訳だけど、勇気を振り絞って女性を奪いに行くアクションを起こしたのは、一生で初めてのことだった。
(大人しくしておこうという作戦だったのに、ちょっと踏み込みすぎたかな)と思ったけど、後に森山さんも、この時のことはとても印象深かったと話してくれていた。

作品名:聞く子の約束 作家名:亨利(ヘンリー)