聞く子の約束
第20章 あの時の忘れ物
実は卒業後、短大時代から付き合っていた知子と復縁していた。その時、清美との二股交際がバレて、そのことをキクちゃんにも相談したかったのだが、知子が、
「彼女(清美)を追いかけてあげなさい」
と言ったことがきっかけで、結婚するならこの女性(知子)しかいないと目が覚めて、心を入れ替えた。
そうしてようやく、キクちゃんから独立できたと思った。
数年前、仕事での海外出張のために最終学歴証明が必要になり、大学の卒業証明書を申請した。それを受け取りに久しぶりに大学を訪れた日のこと、学生課は場所が移動しており、新校舎で広く明るい銀行のような事務所になっていた。
窓口で書類を受け取ろうと申し出た時、受付の方が上司を呼びに行った。そこに現れたのはキクちゃんだった。面影は昔のままだったが、ちっちゃいおばちゃんになっていた。証明書を準備している時に、申請した私の名前に気が付いて待っていたのだと言う。
私は懐かしいというより、連絡を取らなくなったことに対し、とても後ろめたい気持ちになり、顔を合わせづらい気分だった。海外出張によく行っているという話をして、
「夢がかなってるね」
と言ってくれたのは、私のことをよく覚えていてくれた証拠だと思う。私は車に妻の知子と娘を待たせており、長居はできなかったので、後ろ髪を引かれる思いで帰った。
あれから彼女はお見合い相手と結婚したのだろうか。それだけは聞きたかった。私のことを忘れていなかっただけで十分と思いたいが、彼女に対する感謝の言葉さえ伝えられず、学生時代みたいにあっさりとは割り切れない気持ちでその場を去った。