聞く子の約束
第18章 僕って一体
キクちゃんの自宅マンションには、合計3回入らせてもらえた。あの時が最初の1回、2回目と3回目は晩御飯を作ってもらった。
二人でスーパーに買い物に行って、キクちゃんが料理してくれた。他の女子学生とも同じことをしたが、その話をキクちゃんにしても、作ってあげるとはならなかったのに、ある日たまたま晩御飯の買い物に付いて行くことになって、
「食べて行く?」
と言う気まぐれでそうなった。キクちゃんが特別料理上手ということも無く、むしろ人に料理を振舞うのはイヤがっていた。
その日は、ごく普通にカッルパッチョとスパゲティをサッと作ってくれた。
バター風味のイカのカルパッチョは特に印象に残っており、その後僕自身で何回か作ってみたが、バターが固まってうまくいかない。どうやって冷たい料理にバター風味を付けたのか分からなかった。あの味はキクちゃんにしか出せないのか。
その次の時は小さな土鍋でつみれ鍋だったが、これは普通に飲みながら楽しんだ。
その部屋のソファでテレビを見ていた時、キクちゃんは仕事の資料か何かを隣に座って読んでいた。その後、背中を僕の右肩にもたれかけて来た時は、何とも言えない幸せな時間だった。彼女の髪の毛のシャンプーの匂いを覚えている。
部屋ではウォッカを飲んだのだが、ロックでレモンを絞るだけのシンプルなものだ。そしてツマミは必ず、チョコレートだった。
僕は今でもウォッカに特別なものを感じている。ジンでもバーボンでも飲むのだが、ウォッカには特別な思い入れがあるのはキクちゃんのせいで、飲み方もロックにこだわっている。チョコも一緒に。
部屋の中には電子ピアノが置いてあり、僕は弾いて欲しくてお願いしたが、
「下手だからイヤ」
と断られた。
僕はショパンの『別れの曲』が好きだったので、高校の頃この曲を練習したことがあったほどだが、女性からするとこんなイメージの曲はイヤなのだろうか。この曲をフルで聴かせてくれた人は、中学の音楽の先生以外、未だいない。一度、バーのピアノで僕自身が弾いてみたことがある。その時一緒にいたキクちゃんは、うまく弾けない僕の左手の伴奏をしてくれた。店の人が気を利かせてBGMを止めたので、キクちゃんは止めてしまったが。